【COLUMN】ZIGGY CHEN 25S/S「GNARTRICATE」- 複雑さの中に宿る調和の美学

ZIGGY CHEN 25S/S COLLECTIONのテーマは「GNARTRICATE(ナートリケート)」。
「GNARLED BRANCHES(ふしくれだった枝)」と「INTRICATE(複雑な、入り組んだ)」を組み合わせた造語です。
今シーズンのZIGGY CHENは、自然が生み出す複雑性・多様性・不完全性に美しさを見出し、それをファッションの中で表現することを目指しています。
今回はそんな「GNARTRICATE」について、東京・CONTEXTの店主、伊藤に語ってもらいました。
「GNARTRICATE」の宇宙

__まずは今シーズンのテーマ「GNARTRICATE」について、お話しできればと思います。
伊藤:「GNARTRICATE」でZIGGY CHENは自然が生み出す複雑性・多様性・不完全性に美しさを見出し、それをファッションの中で表現することを目指しています。
植物の枝が伸びて複雑に絡みあっている様子は、混沌としていながらもなぜかハーモニーを奏でていて、生命の力強さを感じさせます。
天然の素材を多く使い、暑い季節を心地よく楽しめる工夫がされた作品が揃っているので、おすすめしたいものが本当にたくさんあります。
__それは今日のお話が楽しみです!
今回は枝がかなりキーワードだと思うのですが、今までのZIGGY CHENのコラムでも触れてきた「道教」の思想が今シーズンでも関係あるのでしょうか?
伊藤:まさにおっしゃる通りです。今回のコレクションでも「道教」的な息づかいをしっかりと感じていただけます。
突然ですが、動物と植物とではどちらが優れていると思いますか?
__植物、でしょうか。単純に僕が植物の方が好きなだけかもしれませんが……。
伊藤:もちろん諸説あると思いますが、動物と植物とでは、植物の方が優れていると聞いたことがあって。
__その心は?
伊藤:「動物は身体の内側にしか伸びていけないが、植物は外側に伸びていけるから」。この「植物が外側に伸びていく」というイメージは、道教の教えともリンクします。
彼らは自然と調和して宇宙の神秘を理解することを重視します。
植物の枝が外側に伸び広がっていく様子はまるで宇宙のようですが、道教の道士たちはこうした枝を自分たちの思想の象徴的なモチーフとして、詩や古典絵画の中で多用しているんです。
__水墨画で植物のモチーフをよく目にするのは、そういうわけなのか!
「盤根錯節に遇いて利器を知る」
伊藤:もう一つ、「盤根錯節」というのもキーワードです。
__ばんこんさくせつ……?
伊藤:今回のZIGGY CHENのインビテーションには「GNARTRICATE 盤枝錯節」というテーマが記されていました。

このテーマの背景には、「盤根錯節(ばんこんさくせつ)に遇(あ)いて利器を知る」という中国のことわざがあります。
「盤根錯節」とは、植物の根が目には見えない地中で複雑に絡み合い、全てを取り除くことが困難であることを指す言葉です。目に見えない複雑な問題が絡み合って、解決できないという意味でも使われます。
「盤根錯節に遇いて利器を知る」というのは、複雑に絡み合った木の根や節を切る際に、初めてよく切れる刃物の価値が分かるように、困難に直面することで初めてその人の才能や実力が発揮されるということわざです。
ZIGGY CHENはこの「盤根錯節」を一文字変えて「盤枝錯節」としているわけです。
ここには「すでに問題は目に見える状態(=枝)になっているが、それらは複雑に絡み合っており、解決するのが困難である」という意味が込められているのかもしれません。
__ここで言われている「目に見える状態になっている問題」とはどんなことを指すのでしょうか?
伊藤:前回のコラムでも触れましたが、現代においては服づくりひとつとってみても高いハードルがあり、また高い関税を始めとする様々な困難があります。
さらに視野を広げてみると、先進国での少子高齢化・世界人口の都市集中といった人口動態の異変、経済的不平等や地域格差、環境汚染など、いくらでも問題は見えてきます。
「GNARTRICATE」のコレクションは、そうした世界観の中で、直面する危機を打破しようという力強さに溢れた作品ばかりです。きっと「より進化したZIGGY CHEN」を堪能できるコレクションと言えるでしょう。
“外”へと向かうGNARLED BRANCHES
__例えばどんなアイテムから、そうした力強さを感じるのでしょうか?
伊藤:わかりやすいところだと、今シーズンは枝をモチーフにしたプリントが多用されています。
この「Digital Print Short Sleeve Shirt GREY MIX OLIVE」のビスコース生地はプリントした上から染めを入れて立体的な複雑さを表現しています。
また「Digital Print Shirt Jacket GREY X OLIVE」は金属繊維を織り込むことで、着用していくごとに節くれだったような立体的なシワが生まれるように作られています。
__まさに「GNARLED BRANCHES(節くれだった枝)」なんですね!
伊藤:加えて、直線と曲線が絡み合うパターン、ニュアンスのある色合いが混ざり合ったカラーパレットなど、まさに盤根錯節のごとく、一見カオスに見えるほどたくさんの要素が複雑に絡み合って1着1着のアイテムが形成されています。
__しかし一方で、今シーズンのアイテムの多くは意外なほど着こなしやすいですよね。複雑にしていくと、得てして個性が強くなりすぎて着こなしにくくなりそうですが。
伊藤:そこもポイントですね。自然は複雑ですが、同時に調和の取れた美しさも持ち合わせています。
ZIGGY CHENは「GNARTRICATE」を通じて、そうした自然が生み出す複雑性・多様性・不完全性の美しさを表現しようとしたのだと思います。
例えば「Digital Print Short Sleeve Shirt MIX OLIVE」の半袖シャツですが、この上から「Oversized Shirt Jacket MIX GREEN」を羽織ると、インナーの襟とアウターの襟の生地が絡み合っているように見えます。
このシャツジャケットは袖部分にシルクコットンシフォンの裏地がついていて、空気の膜を纏っているかのような軽やかな着心地が魅力ですが、カフスボタンを外して袖をまくると、そこからまたシルクのプリント生地が顔を出します。
襟のレイヤード、そして袖裏のプリント生地はいずれも「内部から外部に向かって成長する植物」のメタファー。
ここからは複雑性・多様性・不完全性の美しさだけではなく、困難(=盤根錯節)を成長することで乗り越えていくという、ポジティブなメッセージにも感じます。
__なるほど、複雑さだけでなくこれからの季節の中でも軽やかにファッションを楽しめる工夫でもあるんですね。
伊藤:加えて、このプリントのグラフィックはボロのような古い生地に見えますが、ZIGGY CHENが過去に作ってきたオリジナルの生地の集合体なんですよ。
過去のシーズンに使ったもの、作ったけれど実際には使用しなかったものをアトリエで繋ぎ合わせ、大きなタペストリーを製作し、それをプリントしたようです。
ZIGGY CHENの実験的な試行錯誤の連続と、人と文化が繋いできた手仕事の美しさを感じていただけるはずです。
__相変わらず、想像もつかないようなクリエーションの手法ですね。
伊藤:また、この「Oversized Shirt Jacket MIX GREEN」の生地は糸の段階で2回染め、生地を織り、その上からさらに染めを施し、グリーンとパープルが複雑に絡まり合った何色とも言えない色が魅力的です。
苔むしたり剥がれ落ちたり、長い時間をかけて変化した古い壁から着想を受けた色の表現なんですよ。
折り重なる生地と生地、絡み合う直線と曲線

__こうした相反するものや矛盾するものを、ひとつの世界にまとめ上げるのは、さすがZIGGY CHENですね。
伊藤:今シーズンは1stルックからこうした複雑なレイヤードが押し出されていました。
二重になっているタンクトップのボタンを開け、その上からシャツを開放的に着て、さらにその上からジャケットを羽織っています。
これなんてまさに、植物が内側から外に伸び、表皮がめくれあがった様子を想像させますよね。
__CONTEXTでもこのタンクトップは仕入れていましたよね?
伊藤:「Layered Henley-Neck Tank Top CHARCOAL BLUE」と「Layered Jersey Henley Neck Tank Top DARK KHAKI」ですね。
これはそれぞれリネンの布帛とコットンのカットソー地のタンクトップで、前身頃が裾から襟まですっかり二重になっていて、ボタンを開けると前立てがペラっとめくれて内側の生地が見えるようになっています。
「Layered Henley-Neck Tank Top CHARCOAL BLUE」と同じ生地の「3 Button Long Jacket CHARCOAL BLUE」を羽織ると、ほとんど「タンクトップ×シャツ」くらいの涼しげな着用感なのに、しっかりレイヤードも楽しめます。
あと、複雑さという意味では「直線と曲線の絡み合い」にも注目してほしいですね。
__どういうことですか?
伊藤:この「3 Button Long Jacket CHARCOAL BLUE」はラペルもポケットも直線で構成されたシンプルな形に見えて、非対称に曲線が静かに配置されています。
裏地のパイピングを見てみるとその複雑な切り替えが見て取れるのですが、地中を伸びる目に見えない根っこのようです。
「Hidden Patchwork 2 Button Jacket LIGHT GREY」も、表からは見えない裏側に施されたパッチワークが凄まじいです。
__「裏側に施されたパッチワーク」って言葉だけでもうZIGGY CHENらしい。
伊藤:ダイヤ状に複雑にパッチワークが施され、生地と縫い目が重なって生まれたパッカリングが地表に隆起した根を思わせます。
__どこまでも盤根錯節だ!

伊藤:「Henley Neck T-Shirt DARK KHAKI」も面白いです。
__一見するとシンプルなヘンリーネックTシャツですが……?
伊藤:そう、ヘンリーネックTシャツなので襟元は直線で構成されていますよね。でも胸元には曲線的な切り替えが入り、裾は前後に体に沿うような曲線的なカッティングが施されています。
しかもこのTシャツ、染めを入れた生地を用いているのですが、なんと前立ての生地とボディ、袖部分で、微妙に違う色になるように染めのムラを活かして配置されています。直線と曲線だけでなく、色にも複雑性を持たせているんです。
長い年月をかけて捻れたような裾のディテールも、植物が捻れ、畝り、曲がって成長する様を想像させます。
この「GNARTRICATE」の作品たちは、シンプルに見えるものの、糸から、生地、染め、パターン、縫製まで、ものすごくたくさんの人の手で、ものすごく丁寧に綿密に組み立てられていることがわかります。
目に見えない根のように、細かな箇所をかなり複雑に作り込むことで、人が本来持つ表現力・生命力をクリエイションしているのです。
「ルネッサンス」ー完璧な調和、自然の美、あるいは人間中心主義について

伊藤:また、今シーズンのZIGGY CHENにおいて、最大のキーワードと言ってもいいのが「ルネッサンス」だと感じています。
__14世紀のイタリアからスタートして、16世紀ごろまで西ヨーロッパ各国で続いた、いわゆる「文芸復興」ですよね。それがどう今シーズンのZIGGY CHENと関係するんでしょう?
伊藤:ルネッサンスを説明する上での大切なキーワードがあります。
「人文主義」・「古典復興」・「写実的な表現」・「自然科学の発展」です。このキーワードがどれも「GNARTRICATE」の中に見受けられます。
ルネッサンス以前のヨーロッパの美学・哲学は、キリスト教的な世界観をベースにしていました。神の創り出す調和こそが美しさであり、人生とは神が人に与えた試練である、というものです。
しかしルネッサンスではキリスト教以前の過去の自分たちの文化・芸術を掘り起こし、再生・復興させることで、自然の美しさや人間が本来持つ力強さに価値を見出そうとしました。
JAN-JAN VAN ESSCHE“KHAYAL”に込められた「人間だからこその想像力」への願いでもお話しましたが、ZIGGY CHENにもこうした「過去に学び、現代から未来へと、技術や美学を伝えていきたい」というマインドが存在しています。
例えば先ほどご紹介した「3 Button Long Jacket CHARCOAL BLUE」に使われているリネンの生地は、とても細い糸で織り上げられたあと、竹の染料で染められています。
同じリネンの生地を細かく砕いた竹炭で染め上げたのが「Hidden Patchwork 2 Button Jacket LIGHT GREY」の生地です。
__同じ竹から染めたものでも、こんなに色が違うものなんですね。
伊藤:竹で染め上げたグレーの生地は自然な光沢感が美しく、竹炭で染め上げられたこのオフホワイトの生地は麻の素材感はあるもののとても滑らかな色味をしています。
まるで17世紀のボーンチャイナの誕生に影響を与えた15世紀の中国の白磁の陶器のようです。
いずれも表情豊かで奥行きのある色合いですが、昔ながらの染料と染色法で、手間暇かけて染められたからこその仕上がりと言えます。

あるいは「Double Breasted Asymmetric Coat DARK PURPLE」のディテールも、人の手技だからこそできるものです。
このコートの生地はヴィスコースとコットンを使用し、糸で1回、生地を織ってから2回染めたもので、背面に全シーズンのボンバージャケットと同じ切り替えが入っています。
脇の下からグルッとカーブを描きながら首の方へシームが走り、それが逆側の脇の下へ流れていく「超変形ラグラン」とも呼べるパターンです。
このパターンのおかげで、身幅が非常に広いにもかかわらず、嘘のように生地が美しく収まります。
今期の他のジャケットのアイテムなどでは、シングルステッチで縫い合わせたり、一般的なスーツジャケットのように背抜き仕様にしてあるのですが、このコートは全て袋縫いで裏地を仕上げてあります。
総裏仕様であれば生地で蓋をして縫い目を隠してしまえますが、背抜き仕様にすると隠すことができません。そのため、この部分の縫製は非常に手間のかかる方法で作られているのです。
前身頃のたくし上げたようなディテールも表には縫い目が出ていません。糸の流れを追うように順序立てて縫い上げる順番を考えてみると、とても複雑なことしていることがわかります。
また、胸ポケットのディテールもまさに植物が枝を伸ばすようなデザインです。ポケットの中の普段見えない部分までも柄が揃えてあるのが感動的です。
このコートと同じ生地のパンツ「Straight Leg Wide Trousers DARK PURPLE」も、根のように目に見えない部分で強いこだわりを感じます。
__すごく着心地の軽そうなパンツですね。
伊藤:内側が全てシルクコットンのシフォンの生地になっていて、清涼感がありながらも空気に包まれているような最高の履き心地を実現しています。
シンプルに見せるための、気が遠くなるほど複雑な工程。ZIGGY CHENの手仕事の真骨頂が体感できる1着と言えます。
均一化・均質化する世界へのアンチテーゼ
こうした過去の技術を複雑に絡み合わせ、新しい表現=未来へとつないでいく。ここにはJan Janたちとも通じる、Ziggy Chen氏の抱いている使命感が現れているような気がします。
__というのは?
伊藤:本来、美しいものづくりというのは、各国各地域の風土や文化の延長線上にあるべきものだと僕は思っています。
でもAIや大量生産社会は、そうした自然な人間の営みを均一化・均質化してしまいます。
前回のZIGGY CHENのコラムでも書きましたが、アパレル産業で言えば、皆が必要とする、いわゆる売れる糸・生地しか作らなくなり、洋服を作ろうとしても土台がほぼ同じになってしまう。
こうなると、新しいものづくりをしようとしてもなかなか思うようにはいきません。染めなどの特殊な加工もそうです。
また、現代では家から出ずにすぐにものを買えてしまう。
オンラインでなんでもすぐに買えてしまうことは、とても便利で素晴らしいものですが、どうしてもモノの本質ではなく、金額でしか判断できなくなってしまう。
もちろん消費者にとって少しでも安く手に入ることは大切なことではありますが、ものづくりにおいて価格を下げることはリスクが高いことだと思います。
利益率を少しでもあげる為に、賃金が安い国の工場に鞍替えしてしまうことは質の低下、情報や技術の流出にも繋がり、世界中のものづくりが均一化・均質化してしまいます。
Facebookの創設者マーク・ザッカーバーグ氏は「ソーシャルメディアは終わった」と述べました。
__ 2025年4月に独占禁止法違反を巡る裁判の冒頭陳述で言ったとされることばですね。
伊藤:彼はソーシャルメディアが友人との繋がりを促進する場所ではなく、エンターテインメントや情報発見の場所になってしまったと言うのです。
AIによって生成されたコンテンツの増加が個人の創造性や表現性、ソーシャルメディアの人間性を奪うのではないかと懸念しているのだと思います。
確かに統制され、均一化・均質化されたものは「完璧」かもしれません。でもそんな世界の何が面白いのでしょうか。正確さや完璧なバランスはそれ以上の存在にはなれません。
__「完璧」の中にはゆらぎや遊びがないですからね。
伊藤:ZIGGY CHENが表現しようとしているものの中にも同じメッセージが込められているのではないかと私は感じています。
その土地の気候が様々な植生を生み、命を育み、それが異なる言葉や暮らしや宗教観を生み、それが文化になる。
そこにあるのは「おしゃれ」「ファッション」ではなく、自然な進化をして発展したピュアな美しさです。
国や地域、人それぞれに色々な美学があり、考え方があって、それらが集まり、複雑に絡み合って生まれるものにこそ価値がある、と思うのです。
人ひとりで言えば「人間力」、ものづくりで言えば「手仕事」の中に、そうした美しさ、価値が宿るのではないでしょうか。
「人間中心主義的な思考、個人の尊厳や自由を大切にしたい」
今シーズンのZIGGY CHENのクリエーションには、そうしたマインドが色濃く現れているように思います。
「完璧な調和」の“向こう側”にあるもの
伊藤:今シーズンはランウェイにもルネッサンス要素が散りばめられていました。
__どういうことですか?

伊藤:まずは会場です。今回のショーの会場は、パリ5区のカルチエ・ラタンにある「アンリ4世高等学校」。旧サント=ジュヌヴィエーヴ修道院から受け継いだ、11世紀から18世紀にかけての建築を持つ、同国最高の高等学校の一つです。
この会場の学校名にもなっているアンリ4世が、ルネッサンス後期からバロック初期にかけてフランス王を務めた人物で、彼自身ルネッサンスとバロック両方の要素を融合させた芸術スタイルを愛した「複雑性・多様性の人」だったのです。

加えて、ランウェイの6番目のルックに使われていたジャケットや、「Digital Print Long Shirt CHARCOAL PURPLE」の生地にも、ルネッサンスからの影響が見て取れます。
__これは、なんとも言えない風合いのボーダー生地ですね。
伊藤:イタリアのルネッサンス発祥の地・シエナには「シエナ大聖堂」というルネッサンス、バロック美術の宝庫とも言われる建物があります。

この大聖堂の中の壁の模様……これ、今シーズンのZIGGY CHENのボーダー生地とよく似ていると思いませんか?
__ほ、ほんとだ!?
伊藤:この壁の模様は、白と深緑色の大理石を交互に重ねて作っているのだそうです。
もとはいかにも「完璧」な美しさだったのでしょうが、数百年と経つにつれて壁が剥がれ落ちたり色褪せたり黒ずんだりしていき、ZIGGY CHENの生地のような深みのある自然な美しさを持つようになったのです。
完璧な調和のつもりでつくった美しいものが、年月を経ることで徐々に色や表情が「自然」に戻っていく。その様子をこの生地は表現しているように感じます。

先ほど紹介した「Henley Neck T-Shirt DARK KHAKI」や他のアイテムにも同じ哲学が反映されています。
__生地の色味と直線×曲線だけじゃないんですか?
伊藤:はい。実は今シーズンのアイテムは部分的に裁ち切り仕様になっているものがあり、着用を続けていくにつれてほつれていくようになっているんです。
__「直線=完璧な美しさ」で構成されている襟元が、ほつれて「自然」に戻っていく、ということ?
伊藤:その通り。直線の完全さと、曲線の不完全さが複雑に混じりあっています。
ルネッサンスを代表する芸術家としてレオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロなどがいますが、現実を忠実に写し取ろうとする自然主義的側面を持ちながらも、神の作りし理想的な黄金比バランスを追求していきます。
例えばミケランジェロは、老いていても若くても筋肉隆々にしてしまう傾向があります。
どちらも相反するものですが、その両立を試みたカオスな美しさがこのルネッサンスにはあるのです。
そんなカオスの中にある美しいハーモニーが「GNARTRICATE」にも感じられるのです。
2024年の1月、パリ買い付けの際にルーブル美術館に行き、サモトラケのニケやミロのヴィーナスを見ました。
ニケやヴィーナスの像は腕や頭がないからこそ美しいと思うんです。完璧なCG再現像ではすぐに飽きてしまう。日本人が朽ちた仏像に感じるのにも同じ安らぎや美しさがあるのです。
その瞬間にしか輝くことがない忘れられていく商業主義な洋服ではなく、時の流れを越えていける永遠の命を持った、道教でいう「仙人」のようなクリエイションを行っています。
__それにしても、シエナ大聖堂の壁、よく気づきましたね。
伊藤:2024年のコレクションから、やけに「シエナ・ブラウン」「ダークシエナ」といったカラー名が目につくようになったんです。そこからシエナに辿り着きました。
Ziggy氏は2023年の夏、自分が納得のいく靴を作るために、イタリアの工房を巡ったそうです。そのタイミングでシエナにも足を運ばれたのかもしれませんね。
「右向きの道教家」に込められた意味
「High Neck Asymmetric Long Shirt CORAL PINK」のシルクリネンの生地は、ルネッサンスを代表する画家、マザッチオによる「聖母子と天使」を思わせます。
このシルクリネンの生地は、手染めの上からさらにハンドペイントが施されています。
この絵画の天使が纏っているトーガのような、長い時の中で褪せたピンクと剥がれ落ちたような黒色、金箔の輝き、シルクのドレープ感が共通します。
瞬間ではなく、決して飽きることのない長い時をともに生きていける作品なのです。
__確かに、そのままの雰囲気ですね。

伊藤:今シーズンのタグについてなのですが、どこか違和感がありませんか?
__うーん……どこでしょう?
伊藤:ここ数シーズンのタグは、道教家が左を向いて佇んでいるグラフィックなのですが、「GNARTRICATE」の道教家のグラフィックは右を向いています。
__ああ、確かに。これがどうかしたんですか?
伊藤:グラフィックは配置される位置によって意味が変わります。
舞台演出家のディーンが見出した法則によれば、「右」が過去、「左」が未来を示すのだと言います。
いつものタグでは右から左を見ていて、どこか未来を意識したようなイメージなのですが、今回は左から右を見て意識的に過去を意識させています。
ルネッサンスの「古典復興」のように、古き良きモノのあり方や考え方を復興させようとしようとした、「過去」を大切にしているシーズンなんです。
棟方志功の「風神の柵」の中では、右から左に風が吹いています。向かい風に立ち向かっていくかのような、見えない困難に立ち向かい一歩一歩進んでいこうとする力強さを感じます。
__なるほど!今回の「盤根錯節」とどこまでも繋がるわけですね。
心に緑の枝を持てば、鳥が来て歌を歌うだろう

伊藤:中国には「心中有緑枝,鳥児也会飛来歌唱」という美しいことわざがあります。
__どういう意味ですか?
伊藤:緑で美しい枝には美しい鳴き声の鳥が寄ってくるように、豊かで美しい心には自然と良い出会いが訪れ、幸せな人生を育んでいけるという意味です。
「GNARTRICATE」には、このことわざに似たメッセージが込められているように感じます。
戦争や政治、経済……一筋縄では行かない問題や試練が渦巻く現代においても、心の中に伸びていく枝を持ち続けること。困難を前にしても、生命力と人間らしさを失わずに歩み続けること。
そのために、過去の技術と思想を未来へと手渡すものづくりを、ZIGGY CHENは追求しているのです。
__「前進しよう」「成長しよう」という力強いメッセージは、とてもZIGGY CHENらしいように思います。
伊藤:実は僕も、「GNARTRICATE」のバイイングでは新しい挑戦をしました。
__どんな挑戦ですか?

伊藤:ラインシート(バイヤー用の資料)に掲載されているアイテムの写真にひとつずつ画像加工をしたあと、それらをコラージュしてスタイリングを考えながらバイイングしていったんです。
AIに比べたら恥ずかしいくらいアナログなんですが(笑)、僕なりにテクノロジーを取り入れたつもりです。その甲斐あってか、今シーズンはZIGGY CHENを含めて、面白いスタイリングベースの提案ができていると自負しています。
テクノロジーを否定するのは簡単です。しかし単に否定するのではなく、それを活かし、より人間らしいクリエイションを支える道具とする。
ルネッサンス期に、完璧さと人間らしさの両立を目指した芸術家たちのように、現代もまた、テクノロジーと人間性のバランスが問われているのだと思います。
「GNARTRICATE」のアイテムたちから、そんなメッセージを感じていただけたら幸いです。
ルーブル美術館では、「新ルネッサンス計画」と称して40年ぶりの大改装を行うそうです。過去から未来へ繋ぎ、残していくためのバランスを模索し変化をしていくことを楽しんでいきたいですね。
__どれだけ時代が進んでも大切にしたいものは変わらないですね。今日はありがとうございました。
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