《前編》ZIGGY CHEN 24-25A/W “DECADENTIMENT”について – 世紀末・アーツ&クラフツ・1980年代【東京・CONTEXT】

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《前編》ZIGGY CHEN 24-25A/W “DECADENTIMENT”について – 世紀末・アーツ&クラフツ・1980年代【東京・CONTEXT】

“DECADENTIMENT”
ZIGGY CHENは、いつものように言葉で遊び、新しい意味を創造する。
「デカダンス」と「センチメント」とが融合し、FW24-25のタイトルに生命を与えた。
「デカダンス」は詩的で、否定的な意味から解放され、都会的な自然のイメージと結びついている。
湿ったレンガ、苔、秋の雨に洗われ徐々に剥がれ落ちる白い壁を登る緑の蔓(つる)のヴィジョンが、世界の片隅で静かにエネルギーを放出している。

デカダンス(仏語: décadence)
退廃的なこと。とりわけ19世紀末、既成のキリスト教的・資本主義的価値観に懐疑的で、芸術至上主義的な立場をとった一派。具体的には、フランスのボードレール、ランボー、ヴェルレーヌ、ベルギーのロップス、イギリスのワイルドらを指す。

センチメント(英語:Sentiment)
特定の対象や状況に対する態度や意見。より長期的で、思考や判断を伴うことが多く、しばしば集団や社会の一般的な意見を指すのに使われる。
例:Ethical judgments are mere expressions of moral sentiments.
(倫理的判断は単なる道徳的意見の表現にすぎない。)

“DECADENTIMENT” つれづれ語り

__今季のZIGGY CHENのコレクションテーマは“DECADENTIMENT”。デカダンスとセンチメントの造語らしいですね。

伊藤:そうなんです。そのうちのデカダンスとは、直訳すると「退廃的」といった意味の言葉ですが、19世紀末のヨーロッパの芸術思想の一つでもあります。

この時代の思想が今回のZIGGY CHENのテーマに深く結びついています。

1800年代後半からの時代の流れを説明すると、ベル・エポックからデカダンス、アール・ヌーヴォー、アール・デコという順に変化をしていきます。

ベル・エポックから順番にお話ししていきますね。

イギリスを中心に第二次産業革命が起こり、機械の発達によって大量生産が可能になり、資本主義が一気に加速します。みんなが物質的に豊かになった時代です。

パリにはボン・マルシェという世界初の百貨店が誕生し、みんなが欲望のままにモノを買い漁った時代です。

1887年のボン・マルシェ(Wikipediaより引用)

__ベル・エポック、「美しい時代」ですね。ざっくり19世紀末から続いた、華やかで、享楽的で、貴族以外も消費することに熱狂した時代。

伊藤:そうです。それまでは全ての製品がハンドメイドで、熟練の職人の手によって一つ一つ作られていました。

なのでどうしても高価な製品が多く、裕福な階級の人々でないとなかなか手に入らなかったんです。

それが機械化による大量生産により、安価なものが出回ることで、みんながモノを買えるようになった。

ところが大量に粗悪な製品が出回ってしまい、今までの質の良いモノも売れなくなり、腕のある職人たちも職を失うか、安くて売れる製品を作るようになっていきます。

本当に美しいモノは廃れ、虚飾に塗れたモノが幅を利かせ始めたわけです。

このままだと、技術も文化も社会も終わってしまうという危機感を感じはじめたインテリたちがNOを突きつけたのが、デカダンスという時代です。

なのでこの時代の絵画は、今までは風景や人物を正確に描こうとした写実的な作品が多いのですが、目に見えない「愛」や「喜び」、「悲しみ」や「不安」に「死」といった内なる感情や、逃れられない運命を描こうとしました。

ムンクやオデュロン・ルドンやクリムトといった象徴主義の画家たちを生み、シャルル・ボードレールなどの詩人が活躍した時代。“DECADENTIMENT”の主人公は、そんな彼らです。

Ziggyさんがこのデカダンスという言葉をテーマに置いたのは、また後ほど語りますが、現代のモノの在り方に対する危機感や焦りからなのかもしれません。

鈴木さんはNadar(ナダール)という写真家を知っていますか?

__いえ、知りません。

伊藤:彼は肖像写真・空中写真を得意とした19世紀の写真家で、シャルル・ボードレール(詩人)、サラ・ベルナール(女優)、フランツ・リスト(ピアニスト、作曲家)、ジョルジュ・サンド(作家)などの文化人、政治家、君主なんかの写真を残しています。

__「デカダンス」を撮っていたんですね。

伊藤:まさに。

面白いことに、このNadarの肖像写真の人物のまとっている衣装と、今回のZIGGY CHENのスタイリングがそっくりなんです。

ZIGGY CHENの今シーズンのInstagramの投稿も白黒が多く、まさにNadarの肖像写真のようです。

こういった西洋美術史の流れに沿ったテーマをもとにしているので、今までのZIGGY CHENのクリエイションには、東洋を強く感じさせる雰囲気が多かったんですが、今回は西洋の印象を強く感じるコレクションになっています。

このルックが典型的です。スカーフがデカダンス的な「無用の美」を表しています。

今回レディースのルックもあるのですが、これなんかはジョン・ウィリアム・ウォーターハウスの『オデュッセウスに杯を差し出すキルケ』で魔女キルケが身にまとうトーガのような雰囲気です。

象徴主義の中でモチーフとしてよく登場するのが「ファムファタル」という魔女で、「死」の象徴でもあります。

このゴールドにブラックの道教家のプリントが施されたベロア生地は、同時代のウィーンの画家であるグスタフ・クリムトの名作『接吻』を思い出させます。

金箔や男性の着ている黒い模様だったり。

クリムトは、もともと日本の琳派の影響を強く受けているのですが、それが東洋美術にさらに影響を与えているというバランスもまさにZIGGY CHENですよね。

__確かに!

伊藤:さらにさらに、このステンカラーコートは―――これ、とっても欲しくて困っているのですが(笑)―――先ほど紹介したボードレールが写真の中で着ているコートのシェイプとよく似ているんですよ。

__!?本当だ!!

伊藤:ZIGGY CHENにしてはかなりシンプルな印象のコートですが、ルーズなシルエットと柔かなツイードの生地が生み出す重厚感は、まさに1800年後半の服装の空気感です。

……とまあ、ベル・エポックのカウンターカルチャーとして退廃的なデカダンス芸術が生まれるんですが、その後にやってくるのがアール・ヌーボーという時代(新しい芸術)です。

アール・ヌーボーは装飾的で華やか。花や植物などの有機的な曲線が多用された、豊かな表現が特徴でした。

ものすごくざっくり言うと「暗いことばっか考えてても仕方ないぜ、前向きに明るく行こうよ!」みたいな芸術思想です。

__そこだけ聞くと、すっごい陽キャだな……。

伊藤:それまでの社会のキリスト教的な価値観だと、人生は神様からの試練であり、心から楽しむことが許されなかったそうです。

だけど、生命の素晴らしさや自然の美しさをもっと感じようじゃないかという空気が出始めました。そんな流れもあったのでしょうね。

だからこそ、植物のモチーフの装飾や自然の造形美を捉えた工芸品や建築が多く見られます。

花、草、樹木、昆虫、動物などの、自然界の中にある美的感覚に気づかせることを可能にしています。

今シーズンのZIGGY CHENは、コレクションのテーマを記したテキストの中でこう書いています。

湿ったレンガ、苔、秋の雨に洗われ徐々に剥がれ落ちる白い壁を登る緑の蔓(つる)のヴィジョンが、世界の片隅で静かにエネルギーを放出している。

まさにアール・ヌーボーです。

このデニムのコートの生地は硫化染料で染めたあと、ブリーチでケミカルウォッシュをし、仕上げにさらに手作業でブリーチを施し脱色させることで、ようやくできあがります。

その過程で何度も洗いをかけているので、滑らかで柔らかいタッチが魅力のデニムです。

生地だけでもすごいんですが、何よりパターンもまたすごいです。

今回のコレクションの主軸は西洋ということもあり、裾だったり、フラップの形だったり、直線的なモチーフが多いのですが、よく見るとあちこちに曲線的なパターンが組み込まれています。

ラグランの延長にあるこのパターンは、どこから見ても曲線的な丸いシェイプを作り、この曲線に沿って生地が落ちるので、まるで樹木のような膨みやねじれが生まれます。

作業をしていてペンキが飛んでしまった、そんな生活の中の不作為な美しさをここでも表現をしているのですが、まるで中国画の雪の景色を思わせるような美しい仕上がりです。

雪は解けて水に生まれ変わることから「命の再生」を象徴し、降り積もって世界を白く包んでいく様子から「心の浄化」も意味するようです。

__「まるで樹木のように」!アール・ヌーボーじゃん……。

伊藤:このジャケットの生地は、コットン×ヴァージンウール×メタル。

ステンレスの繊維が織り込まれているのですが、このおかげで着用を重ねると、老いて樹皮が剥がれ落ちていく植物のような立体的なうねりが見られます。

相変わらず美しいストライプの柄合わせが施されていますが、これも着ていくと縦のラインが曲がってくる。

そしてシルエットもウエストの高い位置で絞られているので、よりフィットすると共にふわっと広がるような見え方をします。

こうした樹木的シルエットは、今シーズンの色々なアイテムに使われています。ぜひ探してみてください。

__相変わらず、重奏的な服作りをするブランドですね。

伊藤:そして、気が付きましたか?アール・ヌーヴォーと、度々ご紹介している道教の近い感覚を。

人優位なのか無為自然なのかの違いはありますが、楽観的であり自然の美しさを捉えるという感覚は同じなのです。

そして時代を乗り越える人々の力強さも共通します。

__!?これは!?

伊藤:やはりZIGGY CHENの自然と一つになる道教的な哲学はどのシーズンも繋がっているんですよね。

そうだそうだ、あとはアーツ&クラフツ運動にも触れておかなきゃいけません。

__柳宗悦の民藝運動の源流になったと言われる運動ですね。

伊藤:そうです。イギリスの詩人で思想家のウィリアム・モリスが提唱しました。

ベル・エポックが生み出した大量生産の粗悪品を批判し、中世の手仕事に帰り、生活と芸術を統一せよ、と呼びかけた運動です。

僕は今シーズンの“DECADENTIMENT”とは「現代版、アーツ&クラフツ運動」だと思っていて。

__というのは?

伊藤:モリスは、本当に美しい生活やモノの在り方とはどんなモノであるべきかを捉えた人なのですが、そんなモリスが影響を受けたのがジョン・ラスキンの思想です。

ラスキンは、「当時のモノは正しく作られ、モノへの心からの愛着があった。」と述べています。

社会精神が悪ければその表層としての良き芸術は生まれず、良きものを作るためには良き社会精神を育まなければならないとしました。

モリスはそんなラスキンの思想を大切に、職人の精神性について説きます。

人々が労働に喜びを感じていれば良きモノが生まれ、良きモノは芸術の現れで、社会が良き社会の現れでもあることから、労働自体が芸術活動となり、社会貢献になるというのがアーツアンドクラフツ運動です。

そんな喜びと共にあるモノづくりを行うために「ギルド」という組合を立ち上げ、職人の囲い込みを行い発展に努めました。

ZIGGY CHENは、ブランドで工場と職人を抱えていて、彼らがやりがいを持って仕事を楽しみ、打ち込める環境を整えています。

ここ数年、ZIGGY CHENはPRE FALLコレクションを展開していますが、あれは職人たちにきちんと仕事を与える目的でもあるそうです。

これはまさに「ギルド」で、ウィリアム・モリスのアーツアンドクラフツ運動と同じなのです。

__ZIGGY CHENのクリエイションを支える素晴らしい技術を持つ職人たちを、守っているわけですね。

伊藤:そうです。実際、ZIGGY CHENのクリエイションは、ウィリアム・モリスの言う「中世の手仕事」に負けないクオリティを持っています。

このボンバージャケットは、バージンウール99%、ナイロン1%の生地で作られていますが、この生地もまさに手仕事の賜物です。

毛玉になったようなネップ感が特徴的なツイードの生地なのですが、もうこんな生地はなかなか手に入りません。

そもそも、この毛玉のように見える箇所の糸も、クルクルとループ状になっている特殊な糸で、これもまた手に入れることが難しい。

だからこそ生地も糸も、オリジナルでカスタムして作っているわけです。

__でもそんなの、めちゃくちゃコストがかかるんじゃ……。

伊藤:今の世の中はモノが溢れ、「いい生地を使った」や「いい縫製で」というだけでは売れない時代です。

実際、どんなものが売れて賞賛されているのかというと、「ブランディング」や「マーケティング」がうまいものなんですよね。

だからこそ、「売れる」生地しか作らなくなってしまっています。

特殊な生地を織っていた機屋さん、さらにはそんな生地を織るための特殊な糸を作る紡績の会社も、売れないので倒産をしてしまったり、一般的に売れるモノを作るようになってしまったり。

これは今、先にお話ししたベル・エポックの時代と同じことが現代でまた起こっているんです。

だからこそ、誰かが良いモノとは、良いモノづくりとはどんなモノなのかを主張をしていかないと本当に良いモノは次第に作れなくなってしまいます。

本当に美しいモノの追求とともに、社会をより良い方向へ進めようとする活動でもあるのです。

__本当に妥協がないんですね…。

後編に続く

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