《後編》ZIGGY CHEN 24-25A/W “DECADENTIMENT”について – 世紀末・アーツ&クラフツ・1980年代【東京・CONTEXT】

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《後編》ZIGGY CHEN 24-25A/W “DECADENTIMENT”について – 世紀末・アーツ&クラフツ・1980年代【東京・CONTEXT】

前編はこちら

伊藤:Classic Workers Shirtに使われている3種類の生地もすごいですよ。

ウール50%、リネン41%、カシミア9%の生地で作られたストーンカラーの生地は、ネップ感のあるムラ糸を使って生地を織り、上からプリントを施してあります。

アール・ヌーヴォー建築の壁紙

このプリントは、アール・ヌーヴォー建築の壁紙のような植物の柄なんですが、透明度を高くして、ヘリンボーンの織りが潰れないんです。

また3種類の素材を使っているので、それぞれのインクの乗りも異ってくることでランダム性のあるグラデーションが美しい表情を生み出します。

蘇州の庭園の風や雨で風化して剥がれ落ちた白い壁に、植物の影が映り揺れているかのようです。

__あくまで機械的に量産しているのに、ちゃんと1点1点のキャラクターが立つ加工方法なんですね。

伊藤:ヴァージンウール78%、ヘンプ22%のチャコールカラーの生地は、一見すると深みのあるグレーなんですが、近くで見るとマスタードイエローの糸が混じっていることがわかります。

これはヘンプの糸を先に黄色く染めてから生地を織っています。

かなり柔らかく、あえて甘く織ることで毛玉を発生させやすくしているのですが、毛玉も生活の中に存在する不作為な美しさであり、生まれる毛玉すらも愛おしい表情へと変化をして行きます。

最後のヴァージンウール100%のオリジナルジャガード生地は、植物の蔓が伸びて広がっていく表情を表現しています。

ジャガードなので生地の表裏で色味が反転するのですが、見頃と袖でうまく使い分けており、生地を茹でることで独特なタッチ感の柔らかい縮絨された生地を生み出しました。

__ZIGGY CHENの生地の「アーツアンドクラフツ性」を語るだけで、一晩くらいかかっちゃいそうですね(笑)。

伊藤:これらはまだまだ一部でしかないので全然話せちゃいますよ(笑)。

ZIGGY CHENでは、パターンメイキングはもちろん、生地を作るだけでも、3社・4社かけるのが当たり前かのように様々な実験を行なっているんです。

ボツになった生地も十何種類もあるようです……!

__ちょっと凄すぎて言葉が出ませんね……。

伊藤:こうやって話すと今シーズンのZIGGY CHENは西洋一辺倒のように聞こえるかもしれませんが、やっぱりちゃんと東洋の文化が土台になっています。

__ここまで西洋的にクリエイションしておいて、東洋を差しはさむ隙なんてなさそうですが……。

伊藤:例えばVelvet Short Robe Jacketです。

ダブル仕立て、お尻が隠れる着丈、ベロアというダンディズムの象徴的なアイテムがもとになっているうえ、全部で6個あるポケットを左右でほとんど対称に配置。

裏地にはアール・ヌーボー調の植物のプリントを入れるなど、徹底した「西洋」ぶりですが、一方でしっかり東洋の要素も組み込んでいます。

ルーズフィットにし、ラペルをショールカラーにすることで、着物のようなシルエットを作るとともに、一方の胸ポケットを内ポケットにすることで東洋的な非対称性を組み込んでいるんです。

そしてこの折り返したディテールも、サンプルを作りモデルに着せて様々な動きをする中で見出した、刹那の中にある美しさです。

机の上や画面の中で生み出される完璧な美しさではそれを超えるモノは生まれませんが、自然の中に感じる未完成の美しさです。

そして、この同じ生地のコートVelvet Lumped Coat Blackが凄まじい表現です。


同じコットンリネンベロア生地はとても軽やかで、クラッシュ加工という皺の加工を施してあり、リネンの光沢感がランダムに出る様が美しいです。

この生地とお馴染みの裏地を合わせてなんと6メートルも使用しています。

__!?!?

伊藤:それなのにこの着心地の軽さは誰もが驚くと思います。

そして何より、1800年代のクラシカルな装いをイメージさせながらも着物のような落ち方で表現するのには流石のZIGGY CHENだな、と。

長い時とともに生きてきたかのような、立体的な皺が目を引きます。

肘が出てくる、膝が出てくるといったような生地のつれ方によるシルエットの変化を、すでに縫って表現をしていて、さらに、驚くことに裏地までもパッチワークで立体的な形の変化の皺感を作っています。

そして、ストライプの柄をなるべく合わせているという狂気……!これはZIGGY CHENでしかできないオンリーワンなコートだと思います。

Notch Collar Short Coatは、これもループ状になった特殊な糸を使い、機械で織れる限界のゆっくりさで、それが崩れないように黒い糸で掴んでいるという織りです。

見た目の重厚感に反して、本当にびっくりする柔らかさと軽さ。道教の仙人が羽織ってっている着物のような、東洋的なムードが漂うワークジャケットです。

__でもこのショートコート、スタイリング次第ではルックのように西洋的に見えるじゃないですか。どうしてですか?

伊藤:バランスでしょうね。ワークジャケットを着物のバランスで作り、東洋にも西洋にも寄りすぎないから、スタイリング次第で色々なムードが楽しめるんです。

ちなみにこのコートにはフラップ付きの大きなポケットがついていますが、プリーツとフラップボタンをつけることで、中に物を入れてもきれいな生地の溜まり方になり、木の瘤のような落ち方になるよう仕立てられています。

そして腰の辺りでダーツが入っており、横から見ても丸いシルエットに。このあたりもアーツアンドクラフツ的ですよね。

またモリスの話に戻りますが、彼の邸宅や庭は、全て近所で掘られた粘土で作られたレンガや、近隣から運んだ石、近くの木から作られた塀や床で作られていたようです。

先ほどの、

湿ったレンガ、苔、秋の雨に洗われ徐々に剥がれ落ちる白い壁を登る緑の蔓(つる)のヴィジョンが、世界の片隅で静かにエネルギーを放出している。

という言葉にも同じ空気を感じます。

自然への親和力だけでなく、その地域の生活や宗教との関係性や連続性も大切にしています。なので、今回の作品にも上海の近郊の街や蘇州の庭の景色を感じさせるんですよ。

ヴィヴィアン・ウエストウッド photo by Mattia Passeri

伊藤:そして、今シーズンのZiggyさんのクリエイションは、「80年代」がキーワードだそうです。

1980年代といえば、ヴィヴィアン・ウエストウッドやジャン・ポール・ゴルチエですよね。

__2人ともカルチャーを作った偉大なデザイナーですね。

伊藤:そうです。ヴィヴィアンは英国パンク・シーンを、ゴルチエはフェミニズムやジェンダーフリーを生み出しました。

彼らは既成の概念を打ち壊し、時代に対して問題を提起し、そうしたカルチャーを作り出していったんです。

世界の新しい側面を見せる行為をアートとするなら、この2人は80年代においてアートとしてのファッションを実践していたわけです。

__Ziggyさんにとっての80年代とは?

伊藤:80年代はZIGGYさんの青春の時代だったんです。

1980年代の中国 photo by 景德镇南河公安

そして先ほども話しましたが、彼もまた、大量生産・大量消費、粗製濫造、本質的な価値ではなく、「ネットでバズったから」「誰が着ていたから」といったことばかりを重要視する時代に、ファッションを通じて問題提起しています。

__あ!ちょっと気づいたことがあるので、しゃべっていいですか?

伊藤:どうぞ!

__冒頭でベル・エポックからデカダンス、アール・ヌーボーについて話がありましたが、80年代にもデカダン派が指摘したような「価値の形骸化」みたいなものが起こっていました。

日本で言えば、若者のカルチャーがあちこちで立ち上がって、彼らはそれを消費し尽くしていた。

それに対してヴィヴィアンが生み出したパンク・カルチャーはDIY(Do It Yourself)精神、つまり既製品を消費するのではなく、自分で作り出せと言ったわけです。

これを仮に、ウィリアム・モリスから100年後のアーツ&クラフツ運動だとすれば、Ziggyさんはその40年後に、再びデカダンスからアール・ヌーボーへの道を切り拓こうとしているのかも……なんて思ったんです。

伊藤:僕もそう思います。

ただネガティブな感情で終わってしまうのではなく、その先に光を感じるようなポジティブな姿勢に救われますよね。

Ziggyさん、そしてJan Janたちのクリエイションには、本当に勇気をもらっています。

Jan Janたちは今シーズン、“BEYOND”というテーマを掲げて「今までの自分」を乗り越えていく姿勢を見せてくれました。

Ziggyさんもデカダンスというテーマを掲げながらも、次の時代を予感させるアール・ヌーヴォーのバランスを取り入れ新しい自分や社会を(もしくは時代を)切り拓こうとしています。

パリオリンピックの時の話なのですが、スケートボードの選手が「若いから挑戦できるんだ」と語っていたのがすごく印象的で。

歳を重ねるごとに恐怖心が生まれ、難易度が高い技に挑戦しづらくなってくるのだそうです。それはスポーツ選手だけでなく僕たちも一緒で、年齢を重ねるごとに自分の行動が制限されてくる感覚があって。

行く場所も、食べるものも、聞く音楽も、見るものも、固まってきます。はたまた国籍や人種やジェンダーやら、いつの間にか「線」を引いてしまっているんじゃないかなって。

だからこそ、見えない内面を描いたデカダンスの象徴主義のような“DECADENTIMENT”や、JJVEの“BEYOND”には新しい世界や価値観へ踏み出す勇気をもらったんです。

そして僕も、たくさんのお客様に支えられてここまでやって来られたからこそ恩返しをしたいという気持ちと、このまま同じことを続けるだけじゃいけないという思いもすごくあって。

だからこそ、ZIGGY CHENが毎シーズン、全てのアイテムを、コレクションをゼロから作り直しているように、僕も一度原点に帰り自分との対話や新しいことを大切にしようと思っているんです。

__伊藤さんにとっての原点って何ですか?

伊藤:まず、「自分が心から楽しむ」ってことです。そうして、そこから、改めて次の一歩を踏み出して、新しい自分や新しい可能性に出会いたいな、と。

__「このままじゃいけない」=デカダンス、「新しい可能性」=アール・ヌーボー、みたいな。

伊藤:そうそう。だからこそ今シーズンのZIGGY CHENの“DECADENTIMENT”はすごく心に響いたなって思うんです。

__それで言うと僕も思うところが多かったインタビューだったなと思ってて。ちょっと今回自我を出しすぎな気がしてるんだけど、話してもいいですか……?

伊藤:もちろん。

__僕は10年、ライターとして仕事をさせてもらっているんだけど、ここ数年ですごく優秀なAIライターが出てきて、「もう人間のライターは要らないんじゃないか」って言われたりするんです。

でも、書籍のライターをやらせてもらったり、1本1本丁寧に文章を作っている僕からすると、AIライターの書く文章はまだまだ「大量生産の粗悪品」でしかないんですよね。まさにベル・エポックに対するデカダン派的な考えなんです。

だから僕は最近、初めて文章の練習をし始めた時にやっていた、小説の書き写しを再開させました。まさに原点回帰です。今は文学賞を目指すために小説の構想も練り始めています。

そして、ここから、文章のアーツ&クラフツ運動をやっていきたいな、って思ってるんです。本当に価値のある文章を、ちゃんと次の時代に残していきたいから。

だからこそ、いつもVISION OF FASHIONでお手伝いしている文章も、たくさん手間暇かけて、手仕事満載で書いていて。

今回のインタビューは、改めてそういった自分の今後の方針を再確認する時間になりました。ありがとうございます。

伊藤:こちらこそ、いつもありがとうね。

僕もCONTEXT TOKYO店主として、同じ気持ちです。

「たくさん売りたい・儲けたい」みたいな思いでお店をやっているんじゃなくて、洋服を通して素晴らしい文化を知って欲しい、作り手の哲学や想いを通してみんなが本当の意味で豊かになれるように、そして未来に残して世界を変えたいという一心でやっているところがあって。

ブランドが直接販売をするよりも、大多数の人がどこかのお店を通して購入をするはずです。だからこそ、私たちの伝え方によってモノの見え方は変わるはずで。

お店がそれぞれのブランドが持つ思想や哲学を伝えていくこともまた、アーツアンドクラフツ運動なのかなと思います。

今後、世の中はAIの発展によってより便利になっていきます。粗悪な安価なものがより増えてしまうはず。だからこそ、物質的ではない精神性が大切なのです。

ヨーロッパのブランドのアイテムの価格が軒並み高騰している中、ZIGGY CHENはどんどんクオリティは高くなっているのに、実は価格はそこまで高くなっていません。

ちゃんと消費者に届くレベルに、なんとか抑えてくれているんです。

これもやっぱり儲けることよりも、職人さんたちの技術や「本当に良いモノ」を未来に残すことを第一に考えているからなんだと思います。

芸術は見る人がいるからこそ成り立ちます。
洋服も、服である以上着る人がいないと成り立ちません。

亡くなられた坂本龍一氏の最後の演奏が心に響きます。魂を込めた演奏はこんなにも魂を浄化し、揺さぶるのです。

ZIGGY CHENの作品は、職人へのリスペクトとそんな命の輝きを感じるからこそ輝いているのだと思います。

かつてデカダンスの象徴主義の作家たちは、目に見えない感情や、運命、死などの形の無いものを神話や文学のモチーフを用いて表現しました。

そんな目に見えないものを追いかける姿勢は、のちのアール・ヌーヴォーやナビ派、ウィーン分離派などの世紀末芸術に影響を与えたんです。

80年代のヴィヴィアンやゴルチエも、新しいムーブメントやカルチャーを生み、現代のデザイナーたちへも大きな影響を与えました。

このZIGGY CHENの“DECADENTIMENT”が、多くの人の心を動かし、枝が伸びて絡み合うように新たな影響を与えていくことを、とても楽しみにしています。

クリムトの「裸のヴェリタス」の上部には、詩人シラーによる警句が書かれています。

裸のヴェリタス(アートペデイアより引用)



「君の行為と芸術で万人を喜ばすことができないなら、わずかな人を喜ばすことだ。多くの人を喜ばすことははしたないことだ。」

クリムトの作品や分離派の目指していることは、大多数の人に向けてではなく、真の芸術愛好家に向けたものだというものなのです。

ここまで読んで下さった方に、“DECADENTIMENT”の作品をぜひ手に取っていただきたいと思います。きっと新たな扉を開いてくれるはずです。

__今回はかなりハードでアートな内容でしたね。新たなアール・ヌーヴォーに向けて一緒に頑張りましょう。今日はありがとうございました。

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