この秋冬に買ってよかったものは?【CONTEXT TOKYO編】
「いつの間にか2021年も半分が終わり、夏の訪れを感じる気候になってきました。皆さんの春夏のショッピング事情はいかがでしょうか」。
こう書いたのは7月16日のJOURNALでしたが、それからあっという間に5ヶ月がすぎ、もう2021年の終わりが見えてきました。そこで今月は今年の春夏に続き、「この秋冬買ってよかったもの」について各メンバーに語ってもらいました。
第一弾はCONTEXT TOKYOの店主・伊藤憲彦とスタッフ・伊藤香里菜の二人。それぞれPETROSOLAUMのサイドゴアブーツと、tomo kishidaのノーカラージャケットを紹介してもらったのですが、話は知らぬ間に濃く、深い方向へ… …。
服好き、買い物好きの方必読の内容となっていますので、ぜひお楽しみください。
「このブーツは、106日履いて“無”になったんです」店主・伊藤憲彦編
__今回紹介してくれるのはPETROSOLAUMのサイドゴアブーツということですが、改めてどんな靴なのかを教えてください。
伊藤(憲):すごく削ぎ落とされた都会的なデザイン性と、コードヴァンだからこその妖艶な表情に変化していく素材の力が魅力のブーツです。
加えて、こちらのコードヴァンは茶芯と言って、一度茶色に染めた革の上に色を乗せて作られています。だから履いていくうちにレッドウィングのブーツみたいに、茶色の部分が表面に出てくるんです。この色の変化が良いんですよね。
この写真のもう一つの靴は僕が6年ほど履いた、同じく茶芯のコードバンの表と裏を組み合わせて作られたもので、茶色の部分が顔を覗かせてきています。ブーツの方も、ここまでしっかり変化をしていきますよ。
__このサイドゴア、他のサイドゴアに比べて丈が少し短いですよね。
伊藤(憲):そこがすごく気に入っています。実は僕、もともとサイドゴアって苦手だったんです。高さがあって履きづらいし、履いていくうちにゴムの部分が伸びてきてだらんと見えるのが好きじゃなかったんです。
僕のスタイル的に、パンツを上から被せてしまうので高さってそんなに要らないんですよ。その点このPETROSOLAUMのサイドゴアはちょうどいい高さで、ゴムの部分もレザーが縫い付けられているからだらしなくならないんです。
今季僕はとにかくコンフォートで、かつドレッシーであることが大事だと思ってセレクトしたり、服を買ったりしていたんですが、このブーツはまさにその塩梅が絶妙だと思いました。
家を出入りする度に、試着する度に、紐を締めたり緩めたり…大変じゃないですか。このブーツは紐なしでスポッとそのまま履けちゃえるし、レザーのもちもちしたインソールもついているから、本当にスニーカー感覚で履けます。
なのにちゃんと木型も美しいし、使っているだけで艶が出て色気が増していくコードヴァン製。最高ですよ。
__今季の伊藤さんの気分にぴったりだったんですね。
伊藤(憲):まさに。展示会の時にデザイナーの荻野さんから「こういうの作りました」って見せてもらって、即答で「これ買いまーす」って言いましたからね(笑)。
__お店としての「仕入れます」じゃなくて、個人としての「買います」だった(笑)。
実はこの企画を考えた時、伊藤さんはCONTEXT店主・伊藤が2021-22AWシーズン“もっと”おすすめしたいZIGGY CHENで紹介してくれたZIGGY CHENのCOAT Art.#105を選ぶと思っていました。あのコートじゃなくて、このブーツだった理由はありますか?
伊藤(憲):テンションが上がる服を選べ、って言われていたら間違いなくCOAT Art.#105を選んだでしょうね。でも今シーズンの買い物を振り返ってみて思ったのは、PETROSOLAUMのサイドゴアには“無”の良さがあるってことだったんです。
__“無”ですか?
伊藤(憲):はい。もちろん履けばテンションは上がるんですが、ZIGGY CHENの高揚感みたいなものが良い意味でないんです。自分の生活やスタイルに、違和感なく馴染む自然さがあるというか。
このブーツがスタイリングの主役になるわけじゃないんです。でもだからこそどういう服装にも何も考えずに合わせられて、同時にこのブーツがあるから全体がきれいにまとまる。辻褄を合わせてくれる。
__文章で言えば、「、」とか「。」みたいなものなのかな……。
伊藤(憲):今で106日履いているんですが―――実は毎回数えてるんです―――、履くたびにますますこのブーツは“無”になっているように思います。
もはや自分の体の一部になっているんですよね。自分の手足があることに違和感がないように、この靴を履くことに違和感がなくなってきているんです。
__それは少しネガティブな言い方ですが、マンネリとか飽きとか、馴れみたいなものとは違うんでしょうか?
伊藤(憲):あくまでポジティブです。僕が今CONTEXTのセレクトをする時に常に考えているのは、変わることの良さと変わらないことの良さという2つの軸なんです。
洋服は毎シーズン変わりますよね。世の中の需要も変化すれば、デザイナーたちもアップデートして変化をしていきます。
一方で、例えば今季から取り扱いを始めたDENTSのように250年間ずっとグローブばかり作り続けているメーカーや、以前のJOURNALでも紹介した前原光榮商店のようなメーカーもあります。
靴や帽子も時計もカメラも同じ。変わらないからこその良さがあると考えていて。
そういうアイテムはベーシックにまとめて、洋服は毎シーズンの気分に合わせて遊ぶ、くらいがバランスがとれているって思うんです。それがファッションにおける中庸なんじゃないかと。
__PETROSOLAUMのブーツは、ある意味その要なわけですね。
伊藤(憲):はい。だから買ってよかったなと思うんですよ。まあ、実は2022SSのZIGGY CHENのテーマともリンクする部分があるんですが、これはまた別のJOURNALで話します(笑)。
__気になりすぎる展開ですが、ここはグッと我慢して、次回以降のインタビューを楽しみにしておきます(悔泣)。今回はありがとうございました。
「私が考える“未来のファッション”と重なる一着だったから」スタッフ・伊藤香里菜編
__香里菜さんがこの秋冬買ってよかったものを教えてください。
伊藤(香):tomo kishidaのuni iroikas(※)ノーカラージャケットです。日本最大の産地である播州の織物の端材を使って手織りされた生地を使ったものです。
一番上に一つ陶器で作られたボタンがついているだけで、ポンチョに見えたり、カバーオールに見えたりと、いろんな形で着ることができる奥行きを持った一着です。
※uni iroikas……tomo kishidaが進めるPROJECTの一つ。様々な理由から行き場を失った生地を使用。ファッションブランドと連携し、生産過程で生まれた廃棄生地や残布を再利用したり、昨今の大量生産/大量消費の流れに取り残され繊維工場や生地屋で行き場を失くした生地を使用するなどの試みを行なっている。(tomo kishida HPより)
__どうしてこの1着を選んだのですか?
伊藤(香):私がモノを買ってよかったと思うタイミングは大きく2つあるのですが、このジャケットは両方のタイミングで「買ってよかった」と思えたからです。
__どんなタイミングなのですか?
伊藤(香):一つはお金を払って自分のものになった時です。私はお金を払うまでに色々な過程があるものだと考えています。
SNSなどで見つけて気になるタイミングがあったり、誰かから紹介してもらったり、紹介をきっかけにまた別の誰かとつながったり、作り手や伝え手の方のお話を聞いたり、あるいはそのモノと一緒に色んな経験ができそうだ、と感じたり。
お金を払って自分のものにするという瞬間は、そうした過程に一区切りをつけるタイミングで、とても大切だと思っていて。
……もちろん、「誰かのものにならず、自分の手元に来てくれた」という安心感みたいなものもあるんですけど(笑)。
__それ、すごくわかります(笑)。「あー、よかった。買えた!」みたいな。2つ目のタイミングはどんな時ですか?
伊藤(香):日常の中のふとした瞬間です。洋服だったらスタイリングしやすかったり、器だったら手に馴染みやすかったりして、使いやすいなと感じるタイミングです。「これがあったから新しい自分に出会えた」みたいな時にも買ってよかったなと思いますね。
__洋服によって、そういう瞬間は色々ありますよね。
伊藤(香):はい。例えば先日CONTEXT TOKYOが3周年を迎えたのですが、その時に着たのがELENA DAWSONというイギリスのブランドのドレスでした。
毎日着るような服ではないのですけれど、やっぱり特別な日に袖を通す一着があると気分が高まるものです。もともとは成人式のために買ったのですが、今回改めて買ってよかったと思いました。
__うんうん。ふとクローゼットを見返してみると、そうやって「やっぱ良いよなあ、これ」というものが見つかりますよね。
ではuni iroikasのノーカラージャケットは、具体的にどういったタイミングで買ってよかったと思えたんでしょうか?
伊藤(香):お金を払って自分のものになった時で言うと、私はCONTEXT TOKYOで働き始めてから今に至る約2年の間に、何度も岸田さんとお会いする機会がありました。
お店でイベントをしたり、ご飯に行ったり、時には人生相談にものってもらったりして、本当に色々な時間を作っていただきました。
またtomo kishidaのイベントで、作品を試着して感動するお客様の姿を見たり、作品について一緒に語り合ったりとあたたかな時間を過ごす中で、私自身も「いつか岸田さんの服を手に入れるんだ」と思ってきました。
なので今回購入したuni iroikasのジャケットは、いわば一つの集大成なんです。自分のものにできた時の喜びはとっても大きかったですね。
それにこれからは実際に私が着込んだ感想などを交えながら、岸田さんの服を既に持っている方や、「いつかは欲しい!」と思っている方ともっとtomo kishidaの魅力についてお話ができると思うと楽しみで仕方ないです。
__日常の中のふとした瞬間に感じる魅力の方はどうでしょうか?
伊藤(香):とにかく着やすい、合わせやすいところです。「よし、出かけるぞ」という気分の時も、「ちょっと今日は頑張りたくないな」という気分の時も、あるいは大学のオンライン講義を受ける時でも、色々なシーンに自然と寄り添ってくれます。
ただ、実はこうした魅力については、すでに試着の段階で感じていたんです。
__どういうことですか?
伊藤(香):初めて試着した時に「あ、これ私、絶対に着る……」って思ったんです。後付けの説明は色々できると思いますが、実際はほとんど直感でした(笑)。
__香里菜さんは最近まで黒ばかりを選んでいたと聞きましたが、こういう白を選んだことはあったのですか?
伊藤(香):正直今まで選んだことはありませんでした。それでも「着る」という確信があったんです。挑戦的な要素と着やすさのバランスが、私にハマったのだと思います。
付け加えて言えば、私が考える“未来のファッション”と重なる一着だったから思い切って購入できた、というのもあるかもしれません。
__というのは?
伊藤(香):私は今大学でファッション社会学を専攻しているのですが、今そこで「これからのファッション」をテーマに研究をしているんです。
「これからのファッション」と言うと、どうしてもサスティナブルなどの議論を避けられないわけですけれど、そうした議論も含めブランドを続けていく意味をしっかり考えていることが大切なんじゃないかと思います。
2021年現在、今までの社会のあり方が変わっていく中で、服作りやファッションのあり方も変わっていくはず。服を伝えていく立場に身を置く人間としては、これからどういうものをご紹介して、未来に残していくかがとても重要だと感じています。
そんな中で、岸田さんは作り手として手織りや裂織り、手染めなどの伝統的な技法を使いながら、現代のファッションと真摯に向き合い、未来に伝えたいと思うファッションを表現していると思っています。
完成した服からは、一から服を作る壮大さや、手仕事の温もり、そして岸田さん本人の人柄もよく表れていると思っていて……。うまく言い表すことはできないのですが、tomo kishidaの全てが私の考える“未来のファッション”と重なるんです。
こうしたものづくりの姿勢は岸田さんに限らず、これからの世の中やものづくりのあり方として浸透してほしい。そしてそれこそ、作り手の責任であると私は思うのです。
私は岸田さんの姿勢に強い共感を覚えていて、大学でも、岸田さんの活動と社会学を重ねて研究を進められるのではと考えています。“未来のファッション”を考えるきっかけを作ってくれた、uni iroikasのジャケットや私の周りの環境に感謝するばかりです。
__濃くてアツい、香里菜さんの想いが伝わってきました。香里菜さんが考える“未来のファッション”、僕も見てみたいです。今日はありがとうございました。
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語り手 /伊藤 憲彦(CONTEXT TOKYO 店主)・伊藤 香里菜(CONTEXT TOKYO スタッフ)
書き手/鈴木 直人(ライター)