ブーツは“誰”が履いてきた?ファッション史から考えるブーツの着こなし方
何を着るかでその日の気分は変わる。気分が変われば言動も変わり、言動が変われば自分も変わる。
こんにちは、V.O.Fライターの鈴木です。自己啓発系のSNSアカウントや書籍では「自分らしい生き方」「変わらない自分」といった言葉が使われがちです。
確かに人にはそれぞれ変わらない部分がありますが、同時に見た目にしろ、考え方にしろ、好みの服にしろ、変わる部分があるのも事実です。
だとしたら、自分の言動や気分を左右する「何を着るか」問題は、とても大切なことです。思い切って言ってしまえば、服を選ぶことは生き方を選ぶことなのかもしれません。
こんなふうに考えると、みなさんが持っている服が持つ“文脈”=「どんな歴史を持っていて、過去の人たちはそれをどんな意味合いで着てきたのか」を知ることは、着るものを選び、日々を生きていくうえでの地図みたいなものになるのではないでしょうか。
そこで今回は、秋冬の足元の主役「ブーツ」にフォーカスを当て、ファッション史において、どんな人がどんなふうに着こなしてきたのかをご紹介したいと思います。
ぜひ手持ちのブーツを思い浮かべたり、例年の自分のブーツスタイルを思い出したりしながら、お楽しみいただければ幸いです。
■王・貴族の装いとしてのブーツ
西フランク王シャルル2世のブーツ
人類の歴史の中で革製の靴、特にブーツのように多くの革を使う靴というのは、長い間贅沢品だったことでしょう。そのためか、西洋の衣服の歴史を網羅的にまとめた『世界服飾大図鑑』を見ていると、ファッション史におけるブーツは、多くの場合王様や貴族が着用しています。
同書から引用した上の絵は、9世紀に西フランク王国や西ローマ帝国の皇帝などを歴任したシャルル2世です。膝下丈の革のブーツを履き、細身のパンツをブーツインして、トップスには太腿くらいの丈のチュニックを着て、左右非対称にマントを羽織っています。
同書には1世紀ごろに壁画に描かれたギリシャの英雄イアーソーンの衣服も紹介されていますが、彼もシャルル2世と同じ、ブーツ、チュニック、マントのスタイリングで描かれています。
ダンディズムの創始者ボー・ブランメルのブーツ
少し時代が進み、貴族制度などが整う頃になると、ブーツを着用する貴族の姿も現れてきます。上の写真はジョージ・ブライアン・ブランメル、またの名をボー(洒落者)・ブランメルです。
18世紀末から19世紀前半を生き、近代メンズファッションのはしりとも言える「ダンディズム」を作り上げた人物です。
彼は「街を歩いていて、人からあまりじろじろと見られているときは、君の服装は凝りすぎているのだ」という言葉を残したとされており、上質でシンプルなものを無造作に着こなすことをよしとしました。
そのため彼は、華美なフリルや装飾品を身につけず、乗馬に適しているイギリス紳士の衣服のルールに従ったスタイリングを好んだとされています。上の写真でもロングブーツにジョッパーズパンツをブーツインし、白いシャツに燕尾のジャケットを羽織っています。
唯一の個性的なスタイリングといえば、首元にたっぷりと巻かれた絹のネクタイですが、それもシャツと同じ白を選んでいます。
現代の街にも馴染む“王・貴族のブーツ”の着こなし方
こうしたファッション史に登場する人々のスタイリングはどれもおしゃれですが、同じスタイリングで現代の街に出れば、どうしても浮いてしまいます。ではどんなふうにスタイリングに取り込めば、自然なファッションとして楽しめるのでしょうか。
例えば、JAN JAN VAN ESSCHEのチュニックに細身のパンツを合わせ、ma+のペコスブーツにブーツインしてみるのはいかがでしょうか。
チュニックのインナーに黒のタートルネックニットなどを合わせたり、アウターとしてニットのカーディガンなどを合わせたりすれば、スタイリングのテイストがより現代に寄せられるので、さらに街に馴染む着こなしになります。
チュニックをロングシャツやミリタリーのロング丈のスリーピングシャツなどにしても、テイストが変わって面白そうです。
あるいは今季のHED MAYNERのルックをイメージして、ボー・ブランメルのような逆三角形のシルエットを作るのもいいでしょう。
例えばHED MAYNERに特徴的なパワーショルダーのテーラードジャケットに、細身のパンツを合わせて、ma+のワンピースブーツにブーツインしてみる。よりHEDのルックに近づけるのなら、パンツはやや太めのものを選んでもOKです。
こんなふうに「今の時代に当てはめたら、どんなスタイリングになるんだろう」と、あれこれ考えながら試行錯誤するのも、ファッションの楽しみ方の一つです。
■狩人・戦士の装いとしてのブーツ
19世紀半ばのハンターのブーツ
短靴よりも丈の長いブーツは、凸凹な道を歩くときも足をひねって怪我をしないというメリットがあります。そのため険しい道を安全に歩くための靴として、狩人や戦士の履き物としても使用されてきました。
上の写真は、前掲書『世界服飾大図鑑』から引用した、19世紀半ばのハンターのイラストです。
このハンターが履いているのはブーツではなく、靴の上にゲートル(ズボンの裾とスネを覆うもので、日本で言う脚絆のようなもの)を巻いたものですが、スタイリングとしてはブーツインスタイルと言って差し支えないでしょう。
チェック柄のようにも見えるツイードのセットアップを着て、ハットを被っています。サイジングはややゆったりめ、ジャケットの襟も小ぶりで、どことなく現代的なスタイリングにも見えます。
第一次世界大戦中の日本陸軍のブーツ
対して、こちらは第一次世界大戦中の日本陸軍の写真です。この戦争は約4年にわたって続きましたが、長引く戦火に耐え兼ねた各地の市民が立ち上がり、合計4つの帝国が革命によって崩壊しました。そのうちの一つが当時日本と友好関係にあった帝政ロシアです。
この写真は、窮地に立たされていたロシア帝国を支援するためにシベリアに出兵した日本陸軍の姿を撮影したものです。
一番左の人は軍帽をかぶってスウェットをタックインし、レースアップブーツにパンツをインしたスタイリング。左から二番目の人も、同じブーツインスタイルに、少し丈の長いジャケットを着ています。インナーは詳しくはわからないものの、パーカーのようにも見えます。
現代の街にも馴染む“狩人・戦士のブーツ”の着こなし方
ハンターが着ているツイードのセットアップの生地は、今季のZIGGY CHENのチェックの生地に似ているので、JACKET Art.#909とTROUSERS Art.#525のセットアップがイメージと近いのではないでしょうか。
これに、ブーツ自体の雰囲気は少し違うかもしれませんが、AUGUSTAのレースアップブーツを合わせて裾をロールアップ、もしくはブーツインをすることでシルエットを近づけると、19世紀ハンタースタイルの現代版の完成です。
日本陸軍スタイルは、一番左のスウェットスタイルをアップデートしてみましょう。帽子には乗馬帽のようなたたずまいのSCHAのPablo Cutを被り、スウェットの代わりに上質なベビーカシミヤで編まれたZIGGY CHENのニットはいかがでしょうか。
やや太めのパンツを履いたら、CHRISTIAN PEAUのレースアップブーツにロールアップ、もしくはブーツイン。無骨ながら現代的な上品さも併せ持つスタイリングになります。
■反抗者の装いとしてのブーツ
ジェームズ・ディーンのブーツ
時代が下り、1950年代になるとアメリカやヨーロッパなどの西洋諸国は豊かになり、若年層もファッションを楽しめるようになってきます。そんななかで登場したのが、映画俳優のジェームス・ディーンです。
彼は24歳という若さで亡くなったうえ、活動期間もたった半年と非常に短いにもかかわらず、後年の映画俳優、ロックミュージック、ティーネイジャー、カウンター・カルチャーに多大な影響を与えました。
そんな彼が代表作『理由なき反抗』で身にまとっていたのが、赤いスイングトップに白Tシャツ、デニムパンツにバイカーブーツというファッションでした。この装いは彼の死後、世界中の不満を抱く若者たちのユニフォームとして爆発的に流行しました。
ヒッピーたちのブーツ
おそらく、この流れは1970年代のヒッピー文化にも引き継がれました。上の写真はヒッピー・ミュージックの代表格であるジャニス・ジョップリンとそのバンドの姿を撮影したものです。
長髪の男性たちはみなブーツを履き、細身のパンツにシャツをタックインした着こなしをしています。ヒッピー・カルチャーはもともと、既存の西欧文化が作り出した規範に対するカウンター・カルチャーでした。
つまり、ジェームス・ディーンのスタイリングと同じく、ブーツを含めたこのスタイリングは、当時の“反抗者”たちのユニフォームだったのです。
現代の街にも馴染む“反抗者のブーツ”の着こなし方
ジェームス・ディーンのエネルギッシュなスタイリングは、HED MAYNERの柔らかな色合いと美しいドレーピングのHARRINGTON JACKETで中和することができます。
これにシンプルなカットソーとリーバイスなどのオーソドックスなデニムを合わせ、ma+のロングエンジニアブーツをアウトして履いてみるのはいかがでしょうか。
現代的な素材とシルエットをアウターに選ぶことで、懐かしいのに新しい、ちょうどいい塩梅のスタイリングになります。
ヒッピーの70年代ファッションは、近年少しずつリバイバルしつつあるので、親しみを持てる人も多いのではないでしょうか。ここでは素材を現代的なナチュラルなものに変更することで、こってりしすぎないスタイリングを目指してみました。
シャツはV.O.F発のブランドZIIINの今季の新作”BEARSLEY“。ロングポイントの襟から70年代の香りが感じられます。
これに合わせるのは、フレアシルエットのウールパンツ“MIROK(11月1日販売スタート予定)”。シャツをタックインして、ハイウエストで着ることでジャニス・ジョップリンのバンドメンバーの着こなしに近づけることができます。
足元に合わせるのは、先ほどと同じくma+のロングエンジニアブーツ。ガツンとしたボリュームが全体のバランスをとってくれるとともに、ヒッピーという反抗者たちの反骨心をプラスしてくれます。
■今日は“誰のブーツ”を履く?
近代以前の人々には職業選択の自由はなく、着るものを好きに選ぶ自由も、余裕もありませんでした。着るもの=職業であり、職業=人生でした。
しかし現代を生きる私たちは、仕事も服も、自分の意志で選ぶことができます。もちろん変わらないこともできますが、変わることだって許されています。いつも「いつもの自分」でいなくたっていい。
今日は王侯貴族のように品のある自分で。
今日は戦士や狩人のように積極的で、パワフルな自分で。
今日は誰にも組みさない、反骨心のある自分で。
履くブーツや、スタイリングに選ぶ服で、自分を着替えて、その日を一番楽しめる格好をすることができるのです。
さて、みなさんは、今日“誰のブーツ”を履きますか?
<参考文献>
『FASHION 世界服飾大図鑑 コンパクト版』
▼ONLINE SHOP
▼京都・乙景 Instagram
▼東京・context Instagram
▼VISION OF FASHION Instagram
<NEWS>
【新入荷】
・HED MAYNERの2021-22AW COLLECTIONが東西各店に入荷。
・SCHAの2021-22AW COLLECTIONが東西各店に入荷。
書き手/鈴木 直人(ライター)