JAN JAN VAN ESSCHE/TUNIC#28、ZIIIN/ANGO……なぜ「ロング丈は難しい」のか?歴史と文化で考える日本人男性とロング丈の関係性

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JAN JAN VAN ESSCHE/TUNIC#28、ZIIIN/ANGO……なぜ「ロング丈は難しい」のか?歴史と文化で考える日本人男性とロング丈の関係性

photo by JAN JAN VAN ESSCHE

ファッションの楽しみの一つは「少しの背伸び」だと思う。

「自分にはまだ少し難しいかもしれないけれど、この服が似合うような人間になりたい」。そうやって買った服が、自分に馴染むようになると、なんだか誇らしげな気持ちになるのは僕だけだろうか。

例えばロング丈だ。「男のロング丈は難しい」と思っている人は、V.O.Fのお客様の中にも多いかもしれない。僕も実際そうだったし、1年前までは意識的にロング丈を避けてさえいた。

ところが今の僕は「21年の春夏はロング丈をメインに着ていきたいな」と思うくらい、ロング丈を自分の定番にしたいと考えている。なぜなのか。

今日は僕のロング丈へのイメージがそこまで劇的に変化した理由を、JAN JAN VAN ESSCHEやV.O.F発のブランドZIIINのアイテムに触れながらお話するとともに、日本や世界の衣服の歴史・文化を通じて「実は日本人男性とロング丈って相性がいいんだぜ」という話をしたいと思う。

初めての「ロング丈」はANGOだった

ZIIIN / “ANGO” LONG LINEN SHIRT / BLACK

ロング丈って、女性のワンピースみたいで男には似合わないよな。
男でロング丈を着るなら、細くて華奢なモード体型じゃないとダメだよな。

かつての僕がロング丈に苦手意識を持っていたのは、主にこの2つのイメージが原因だ。

特に後者のイメージが強く、ロング丈をカッコよく着こなしているのはそういうめちゃくちゃにおしゃれな人たちで、僕のように体を鍛えるのが趣味の人間が着ると、なんだかハマらないような気がしていた。

でも1年前、ZIIINの前身ブランドであるKの頃のANGOを着た時、そんなイメージは一瞬で払拭された。

ZIIIN / “ANGO” 硫化染 Brushed cotton Long shirt / KINARI

当時初対面だった乙景・中村にANGOを着せてもらう。前から、横から、鏡に写る自分を見る。袖をまくってみて、また自分を眺める。中村がシャツの裾をウエストでしばって着る通称「サンバ巻き」をしてくれる。また鏡を見る。

ドキドキした。遠巻きに見てきた「めちゃくちゃおしゃれな人たちの服」だったロングシャツが、ばっちり似合っているように見えたからだ。この日、僕は「自分にはロング丈は似合わない」という思い込みから自由になったのだった。

「思い込み」を捨てれば、ファッションはもっと楽しい

JAN-JAN VAN ESSCHE / “TUNIC#28” NATURAL MELE LINEN/SILK SHIRTING

以降、今まで着てこなかったロング丈のシルエットが気に入って、JAN JAN VAN ESSCHEのTUNIC#28を買ってみたり、ANGOを買い足したりするようになった。

しかし、それまでずっと似合わないと思っていたロング丈だ。自分では気に入っていたものの、どうしたって着るときは心のどこかで「変じゃないかな……。周りの人から笑われてないかな……」という不安がつきまとっていた。

JAN-JAN VAN ESSCHE / “SHIRT#82” BLACK FINE WOOL FLANNEL

それが21年の春夏のメインにしたいと思うまでロング丈を好きになったのはなぜか。それはシンプルにおしゃれな人に褒められたからだった。

僕は極めて単純な性格なので、店員さんでもなんでもない人たちから「鈴木さん、ロング丈めっちゃ似合ってますね」と言われると「わ、俺ってば、ロング丈めっちゃ似合うんだ」と考える。以来、ロング丈を着ている自分がすっかり好きになってしまったのだ。

自分では似合わないと思い込んでいても、周囲から見るとちゃんと似合っている。それがわかった途端、考え方がくるりと変わる。いい加減な話だが、同じような経験がある人は意外に多いんじゃないだろうか。

「いやでも、やっぱり自分にロング丈は難しいよ」と思うかもしれない。しかし、それこそまさに思い込みだ。

なぜなら、衣服の歴史や文化をたどってみると、どうやら「ロング丈は難しい」の原因は西洋文化にあって、実は日本人男性はロング丈との相性がものすごく良いということがわかるからだ。

以下では井筒雅風氏の『日本服飾史 男性編』(光村推古書院)と、京都服飾文化研究財団名誉キュレーターである深井晃子氏が日本語版の監修を務めた『FASHION 世界服飾大図鑑 コンパクト版』(河出書房新社)を引用させていただきながら、そう考える理由について書いていこう。

「ロング丈は難しい」の原因は西洋文化にあり?

平安時代の僧侶の衣服。ロング丈にロング丈の重ね着。 引用:『日本服飾史 男性編』p86

『日本服飾史 男性編』は縄文時代から昭和初期まで、各時代の特徴的な衣装を等身大の人形に着せて解説を加えた一冊。これを見ると、日本人の男性が古代から近世に至るまで、ずっとロング丈の衣服を身につけてきたことがわかる。

江戸時代の俳人の衣服。ロング丈とスキニーパンツのスタイリング。 引用:『日本服飾史 男性編』p200

武士や飛脚など、動きやすさが重要な人たちの衣服にはショート丈が見られるが、平安時代の僧侶も、江戸時代の俳人も町人も、みんなロング丈。そもそも日本の伝統的な衣服である着物がロング丈なのだから、当然と言えば当然だろう。

ではなぜ今の時代を生きる僕たちは「男性はショート丈のトップスを着るのが一般的」と考えているんだろうか。

それはおそらく、明治時代に流れ込んできた西洋文化の影響だ。なぜなら、西洋ではかなり昔から「ショート丈は男が着るもの」だったからだ。

完全に男性の着るものとして確立されたショート丈。 引用:『FASHION 世界服飾大図鑑 コンパクト版』p264〜265

それがいつ頃からかと言えば、おそらくは16〜17世紀(1500年代〜1600年代)頃。

古代エジプトから現代に至る5000年の服飾の歴史を豊富な図版とともに紹介している『FASHION 世界服飾大図鑑 コンパクト版』。

この大きな本を眺めると、ショート丈のトップスや脚部が左右に分かれたパンツが定着し始めるのが、だいたいそれくらいの時期だということが見えてくる。

ルネサンス期(15世紀ごろ)の男性は、まだロング丈を着ていた。 引用:『FASHION 世界服飾大図鑑 コンパクト版』P84〜85

というのも、ルネサンス期(15世紀ごろ)の男性を見るとむしろロング丈が主流であるのに対し、16〜17世紀になると徐々に動きやすいショート丈を着る男性が増えてくるのだ。

少し時代を進めると、ショート丈の服を着た男性が増えてくる。 引用:『FASHION 世界服飾大図鑑 コンパクト版』p128〜129

この時代の衣服の変化には、西洋と東洋の衣服に対する考え方の決定的な違いが現れているのだけれど、ちょっと話がややこしくなるので、またどこかで書くことにする。

とにもかくにも、以降数百年、基本的に西洋では「男性は動きやすさに長けたショート丈を着るものだ」というイメージが定着していく。

明治期の陸軍武官の衣服。一見して西洋の影響をうけたショート丈であることがわかる。 引用:『日本服飾史 男性編』p274〜275

そして明治に入り、この考え方が一気に日本に流れ込んでくるわけだ。

当時の日本は「西洋の人たちに恥じない文化を」という大義名分のもと、それまでは普通だった混浴を禁止したり、明治以前は珍しかった肉食を奨励したりと、けっこう無理矢理に西洋文化を浸透させようとしたし、大衆の価値観はそれに大きく影響を受けた。

だったら西洋的な衣服の“常識”−−−「男性はショート丈を着るもの。ロング丈は女性のもの」−−−の影響を受けてもおかしくはない。

ご存知の通り、明治以降の日本は西洋の影響下から逃れられないまま、文化や民俗・風習を築いていく。

かくして、今を生きる僕たちの中には、脈々と「ロング丈って、女性のワンピースみたいで男には似合わないよな」という価値観が引き継がれることになったのである。

日本人男性はもっと「ロング丈」を着てもいい

こう考えてみると、「男性はショート丈を着るもの。ロング丈は女性のもの」という“常識”は、日本においてはたかだか150年くらいの歴史しかないことがわかる(明治は1868年から)。

それまではむしろ「ショート丈なんか着てる人おらんやろ」くらいの話だったわけだ。

だったら、日本人男性はもっとロング丈を着てもいいんじゃないだろうか。21年の春夏にロング丈を自分の定番にしようとしている僕と同じように。

もちろん僕たちは時代の価値観に影響されるから、最初はロング丈を着ている自分に違和感を抱くかもしれない。

でも歴史を見れば、かつての日本人は当然のようにロング丈をファッションとして着こなしていた。その血を受け継いでいる僕たちが着こなせないわけがない。

すでにONLINEにアップしているJAN JAN VAN ESSCHEのTUNIC#28もロング丈を取り入れるにはおすすめだし、21SSのZIIINからは素敵な色合いのリネンのANGOが出る予定なので、最初はこちらから挑戦してみるのもアリだと思う。

ぜひ皆さんも、日本人男性と相性の良いロング丈に一度挑戦して見て欲しい。着こなしの幅が広がって、きっともっとファッションが楽しくなるはずだ。

ONLINE STOREはこちらから

<参考文献>
井筒雅風著『日本服飾史 男性編』(光村推古書院)
DK社 編 深井晃子監修『FASHION 世界服飾大図鑑 コンパクト版』(河出書房新社)

書き手/鈴木 直人(ライター・ONLINE)