今、手に取っていただきたいアウター【東京・CONTEXT編】
12月に入り、すっかり空気は冬のかおりになって参りました。日々の装いの主役も、カットソーからニットへ、ライトアウターからヘヴィーアウターへと変わってきた、という人も多いのではないでしょうか。
今回はそんな時季にぴったりのアウターをお選びいただくべく、東西各店から今、手に取っていただきたいアウターをご紹介いたします。
まずは東京・CONTEXTスタッフ、伊藤香里菜から、2着のコートをおすすめさせていただきます。今年の主役級アウター探しの参考にしていただければ幸いです。
UMA WANG CALEB COAT LOCUSTELLA.D3 UM8548
__今回、香里菜さんからは2着のコートを紹介してくれるということですが、1着目はどちらのコートですか?
伊藤(香):UMA WANG CALEB COAT LOCUSTELLA.D3 UM8548です。CALEB COAT(カレブコート)がモデル名、LOCUSTELLA(ロクステッラ)が生地の名前ですね。
__LOCUSTELLAはなんだかポコポコしていて、すごい生地ですよね。
伊藤(香):私も初めてみた時に、「これ、どうなってるんだ!?」とびっくりしました。お店に並んでいても、一番華やかというか。存在感があります。
__実際、この生地はどうなってるんですか?
伊藤(香):自分で考えたり、調べたり、生地づくりに詳しいお客様にお話を伺ったりしてたどり着いた結論は、織りを構成する素材の違いがこういった独特な表情を作り出しているのではないか、ということでした。
__詳しく教えてください。
伊藤(香):LOCUSTELLAはウール59%、リネン41%の生地ですが、よく見ると場所によって素材の構成が変わっていることがわかります。つまり、
・カーキグリーンの部分が、縦糸も横糸もウール
・斜めに織り柄の入っている部分が、ウールとリネンの混織
・生成色で、くしゅくしゅとなっている部分が、縦糸も横糸もリネン
という構成になっているんです。UMA WANGはこういう生地を作ったうえで、おそらく洗いをかけたか、特別な処理を施して生地に縮みをかけています。
__すると、どうなるんでしょう?
伊藤(香):乾いた状態のウール繊維の表面はうろこ状になっていて、絡みにくい状態です。ですが水に濡れると、うろこ状の表面にあるギザギザ(スケール)が開いて複雑に絡み合っていきます。だから、一般的に「ウールは縮む」と言われるんです。
そのためLOCUSTELLAを構成する3つの組み合わせのうち、一番縮みが出るのがウールだけで織られているカーキグリーンの部分、その次が斜めに織り柄の入っている部分、そしてほとんど縮まないのがリネンだけで織られている生成色の部分です。
ウールが入っている部分がぎゅーっと縮んで、生成色の部分は縮まないまま残っているので生地が余りますよね。でも、ただ余るだけじゃなく、周りの縮みの影響を受けて、少しずつ引っ張られています。
結果として、こんなふうにくしゅくしゅっとなっているというわけです。
__素材の使い方、うますぎでは……?
伊藤(香):東京・CONTEXTスタッフ伊藤(香)が、いま手にとって欲しい逸品【2022-23A/W編】で紹介したJESTER JKT JEANSやFELIX PANTS JEANSのシームパッカリングもそうですが、製品として作る場合、こうやって縮んだ生地は一般的によく思われないものですが、UMA WANGはそれを上手に利用しているなと思います。
CALEB COAT自体は目立ったディテールのないシンプルなコートですが、LOCUSTELLAという生地のおかげでちゃんとリズムみたいなものが出ていて、全く飽きずに楽しめるんですよね。
__LOCUSTELLA(ロクステッラ)って、なんだか素敵な響きの名前ですよね。
伊藤(香):調べてみたんですが、これはセンニュウ科という鳥の種類の名前なんです。日本でも見られる鳥で、デザイナーのUma Wang女史が生まれた中国では南東部に生息し、その種類によって海岸部の草原や沼地、低木林などに生息しています。
うぐいすとよく似ているので見分けるのが難しく、昔は「ウグイス科」みたいな感じでまとめられていたそうです。
__どうしてLOCUSTELLAという名前になったんでしょうね。
伊藤(香):この生地の茶味がかかった部分やカーキの色は、センニュウの羽の色にそっくりなんです。
さらに想像を膨らませてみると、斜めに織り柄の入っている部分のうちグレーに見える部分は、若干青みがかっていますが、これはセンニュウの羽の上に川の水しぶきが乗っかって、空の色が映り込んでいるようにも見えます。
__そう考えると、このくしゅくしゅっとなった部分は、ゆらめく川面にも見えますね。
伊藤(香):そんな感じで、センニュウとそれを取り巻く風景からカラーチャートを持ってきているんだと思っています。
__でもどうしてこの鳥だったんでしょう?何か由来があるんでしょうか。
伊藤(香):センニュウは中国では古代からお馴染みの鳥で、「黄鳥」として中国の古い詩などに詠まれてきました。しかも王様や皇帝の象徴として。
__確かに、「黄」って中国ではかなり重要な意味を持つ字ですもんね。「黄竜」と言えば、中国の伝承五行思想では青龍・白虎・玄武・鳳凰を束ねる存在とされることもありますし。
伊藤(香):それを踏まえてLOCUSTELLAをよく見てみると、他の色とはちょっと違う黄色いラインが織り込まれているんです。このあたりは、中国古来の五行思想から色を引っ張ってきているんじゃないかなと思って、面白いなと思いました。
センニュウをうぐいすとして読み替えると、一気に日本ともつながります。「梅にうぐいす」というのは、漢詩や絵画の題材によく使われるモチーフですが、これは花札や日本画などの形で日本にも文化として渡ってきています。
LOCUSTELLAという生地は一見すると西洋的なチェック柄なんですけれど、こうやって掘り下げていくと、根元には東洋的な思想がしっかり織り込まれた生地だということがわかるんです。
__LOCUSTELLAは他のモデルでも展開があったそうですが、生地に込められている東洋的なイメージを考えると、CALEB COATが一番「らしい」形だと言えそうですね。
伊藤(香):そうかもしれません。肩線のない、体を包み込むようなパターンや、耳(織り上がった生地の端)を使うような仕立ては、浴衣や着物とまったく同じですから。
__UMA WANGならではの女性的な服作りもしっかり反映された作品ですよね。
伊藤(香):はい。この生地には男性的なロマンティシズムもあるんですが、着心地の軽さや柔らかさには、女性的なリアリズムも感じます。
UMA WANGはこういったバランス感覚、パターンメイキングが本当に上手なブランドなので、ハマる人は思い切りハマってもらえるブランドだと思います。ぜひお試しいただければ嬉しいですね。
ZIGGY CHEN ROBE COAT
伊藤(香):続いてご紹介したいのが、ZIGGY CHEN ROBE COATです。この作品に使われている生地も、先ほど紹介したUMA WANGのコートと似ている部分があります。
__素材の混率はヴァージンウールが86%、コットンが14%になっていますね。
伊藤(香):ZIGGY CHENの生地もUMA WANGの時と同じく、ウールの縮みを利用して生地の凹凸を作っています。
赤いチェック柄のうち、十字に交差している部分が縦糸も横糸もコットンで織られており、交差していない部分がウールとコットンで織られています。ベースになっている茶色の部分には、縦糸も横糸もウールで織られています。
これに洗い加工を施すことで、ウールを含む部分がぎゅーっと縮んで平面的になり、コットンを含む部分の生地が余ってゆらめきが生まれているんです。
__UMA WANGの時も思いましたが、凸凹があるところが縮んだからこういう表情になっているのではなく、平面のところが縮んだ結果こうなっているというのが意外ですね。
伊藤(香):そう、逆なんですよね。UMA WANGもZIGGY CHENも何度も試行錯誤をしているはずですが、それにしても生地や素材のことを熟知していないとこういう作品づくりはできないと思います。
その試行錯誤の結果が、UMA WANGのウール59%、リネン41%だったり、ZIGGY CHENのヴァージンウール86%、コットン14%といったり、絶妙な混率だったんだと思います。
__こういう混率って他では見ないですもんね。
伊藤(香):きっとこの1%とか4%っていう細かな刻み方が、微妙な生地の表情の変化を生んでいるんですよね。
ROBE COATをおすすめしたい理由はこの生地の面白さにもあるんですが、服としての形にも大きな魅力があるからなんです。
__形としては、いわゆる着物コートですね。
伊藤(香):着物っぽいんですけれど、実は着物ではないんじゃないか、というのを私は思っていて。
__着物じゃなければ名前の通り、ローブですか?あの海外の映画とかに出てくる、白のもふもふした……。
伊藤(香):調べてみた結果、中国のパジャマにインスピレーションを受けているのではないか、と考えているんです。
伊藤(香):「中衣(ちゅうえ)」と呼ばれる、中国の伝統衣装の一種です。ZIGGY CHENが数シーズンに渡って影響を受けているであろう、春秋戦国時代には「深衣」というワンピース式の衣服が登場しましたが、この下に着るのが中衣です。
着こなしの土台となり、下着のような役割を持っている中衣なので、それだけで外を出ちゃいけないんですって。
__薄着すぎてお行儀が悪いですよ、ってなっちゃうんですね。
伊藤(香):でもホームウェアみたいな感覚で、家の中で中衣を着て過ごすことはあったそうです。要はパジャマとかルームウェアですよね。
漢服のイラストや写真などを探してみると、ZIGGY CHENのROBE COATは、袖の作りや着丈の長さ、裾の広がり方が、深衣と合わせる中衣とどこか似ているんです。
__なるほど、確かに。他にどこかパジャマとかルームウェアに近いな、という要素はありますか?
伊藤(香):軽さですね。裏地が付いているのに、すっごく軽い。おそらく生地も甘めに織って、空気を含ませているんだと思います。
ZIGGY CHENのコートというと、良い意味で肉厚で、威圧感があって、男らしさや土っぽさを感じるウール地のコートというイメージが強いですよね。それをガシガシ着て、着崩していくのが醍醐味というか。
でもこのコートは歩くたびにふわりと揺れます。今までのZIGGY CHENのコートとは違った、面白いシルエットが生まれるんですよね。
__一方で、名前の通りローブのように腰紐が付いていたり、前合わせにはボタンがついていたり、洋服の要素もところどころに見えますね。
伊藤(香):そうなんです。ZIGGY CHEN 2022-23A/W “今シーズンおすすめしたい逸品”【京都・乙景編】で山下さんが、今季のZIGGY CHENは私たちの「この服は○○年代の服の引用」という思い込みをことごとく打ち破ってくる、というお話をされていましたが、ROBE COATも同じなんです。
着る人それぞれが、「ここは東洋っぽいな、こっちは西洋っぽいな」という感じで思いを膨らませられる1着だなと。
先ほどお話しした「深衣」のディテールもROBE COATにはあると思っていて。衿元の切り替えや腰紐のデザインは「深衣」の意匠、生地の揺れ感は着心地の軽さや「中衣」の要素。このアイテムは、外着と内着が融合されたようなイメージが広がります。
__先ほどの軽さもそうですが、このコート、本当に着心地がいいですよね。
伊藤(香):このバランス感覚がZIGGY CHENの魅力です。
中衣がパジャマ、眠る時に着る服だとして、寝ている時に見るのは夢ですよね。今シーズンのZIGGY CHENは荘子の“胡蝶の夢”をテーマにしているので、そういう意味でROBE COATはシーズンテーマに沿った作品でもあります。
だから私は「このコートは“夢コート”だなあ」なんて思っていたんですけれど、かといってZIGGY CHENは単にコンセプチュアルに作品をつくるのではなくって、ちゃんと現実的に着心地が良く、服好きが楽しめる工夫をたくさん凝らしてくれているんです。
__例えばどんなところですか?
伊藤(香):柄合わせはやはり毎シーズン素晴らしいですよね。それに背中心などは、切りっぱなしの生地を縫い合わせて作られています。生地の端と端があえて縫い残されていて、着ていくことで生地がほつれ、経年変化が出てくるという仕組みです。
ウール地の服はインナーとの摩擦で着づらさを感じることがありますが、先ほど話したようにこのコートには裏地がついているので、そんな心配は必要ありません。
また、前開きがボタンで開閉するようになっているのもポイントです。
ボタンがなく、腰紐だけで開閉する仕様でも着られないことはありませんが、どうしても東洋的な要素が強くなるので、着こなしが難しいと感じる人もいると思います。
でもボタンにすることで、リアルに着こなせる作品になっているんです。こうやって夢=コンセプトだけでなく、現実ともしっかり向き合った作品だからこそ、この1着はかっこいいんだなって思いますね。
こちらもぜひ、一度お試しいただければ嬉しいです。
スタッフ・伊藤の“今年のアウター”は「ZIGGY CHENのCOAT Art.#110」
__ちなみに香里菜さんは、今年の秋冬、どんなアウターを着たいと考えているんですか?
伊藤(香):私は去年買った、ZIGGY CHENのアシンメトリーコートですね。1年着たことでけっこう経年変化が出たので、変化したあとのこのコートと一緒に、この冬を過ごしたいなと思っています。
__左右で素材が変わってましたよね?
伊藤(香):はい、片方がヴァージンウール100%、もう片方がヴァージンウールコットンメタルで作られています。より変化が大きいのは、メタルが入っている方です。
メタルが入っているZIGGY CHENの作品は、着る人の癖が反映されるというか、特徴的な変化をするんです。それが私のコートにも出てきたので、なおさら嬉しくて。
__しかも香里菜さん、これ洗濯してますよね?モード・アルチザン服の“洗濯”、どうしてる?V.O.Fメンバーの洗濯事情でそう話してくれてましたけど。
伊藤(香):そうですそうです!その影響もあってか、ヴァージンウールの方はふわふわになっていい感じです。
__マジでなんで洗ったの……(笑)。
伊藤(香):今となってはなんで洗ったんだろうって思う部分もあるんですけれど(笑)、儀式的な要素もあったように思います。
1回水を通して洗って、干して、乾くっていう手続きを踏むことで、自分と服との距離が縮まるような気がしていて。だからこのコートも洗いたかったんだと思います。
__「自分と服との距離が縮まる」というのはわかる気がします。自己責任でリスクをとって洗うからこそ、無事洗濯機から出てきてくれると、愛着が深まるというか。
伊藤(香):うんうん(笑)。今年の冬は、そうやって自分のものになった後のシーズンなので、より愛着が湧いて、気兼ねなく着られますね。
もうすでに我慢できなくて、ここ最近はインナーを調整して着ています(取材時11月中旬)。これからも、いろんなところに連れて行きたいって思います。
<NEWS>
・uni iroikas 2022aw exhibitionが12/3〜12/11に乙景で、12/16〜18にCONTEXTで開催。
▼京都・乙景 Instagram
▼東京・CONTEXT Instagram
▼VISION OF FASHION Instagram
語り手/伊藤 香里菜(CONTEXT TOKYOスタッフ)
書き手/鈴木 直人(ライター)