【ZIIIN 21-22AW】デザイナーインタビュー – テーマと今季の素材について
長かった夏が終わり、東京も京都もすっかり冷え込む日が多くなりました。寒い季節は憂鬱ですが、同時にコートやニットが着られたり、重ね着ができたりと、ファッションを目一杯楽しめる季節でもあります。
そんな絶好のタイミングで、V.O.F発のブランド“ZIIIN”の2021-22AWコレクションの2nd delivery分の販売が11月1日からONLINE、東西各店でスタートします。
今回はこのタイミングで、デザイナー中村憲一にインタビューを実施。テーマ “時在_TOKIARI” についてや新作シャツ、今季の素材などについて語ってもらいました。
テーマ “時在_TOKIARI” について———「ピタリと“時”が止まったようなコレクションにしたかった」
__今季のテーマは時在(ときあり)ということで、『聖書』の伝道3:1-8を引用されています。この文章は「あらゆることには訪れるべき時があり、それは偶然などではなく神様が決めた運命なのだ」という教えを説いた一節ですが、どうして今季のテーマに選んだのですか?
中村:今のこの状況―――コロナで仕事を辞めたり、始めたり、大切な人と別れたり、出会ったり、何かしらの形で今までの日常を失っている状況―――は、いわばある種の運命なのであって、それはもう嘆いたり、泣いたりするんじゃなくて、受け入れるしかないんだと思ったんです。
__どうしてそんなふうに思うようになったのでしょうか?
中村:今まで流れていた日々の時間が、まるでエアポケットに入り込んで、すっぽり隠されてしまったような気がしていたからです。進んでいるのか、止まっているのか、わからない。そうかと思ったら、あずかり知らないところで思いもしないくらい進んでいたりする。
例えば毎日のように会社に出勤していた時間がなくなったり、友人たちと毎週のように飲みに行っていた時間がなくなったり。
在宅勤務になって時間を持て余すかと思いきや、オンラインミーティングの発達や、ITツールの進化で、以前よりもむしろバリバリ働いているという人もいると思うんです。
今まで当たり前にあったことがスポッとなくなって、日々の時間の流れが大きく変わり、それがきっかけにアイデンティティまで揺らいで、不安や焦りみたいなものを感じている人も、少なくないと思っていて。
__確かにそうかもしれません。私たちのアイデンティティは生まれ持ったものの他に、後天的に身についたものでできているわけですが、それは時間の過ごし方がアイデンティティを作っていると言い換えることもできます。
コロナ禍で大きく生活が変わった人は、時間の使い方=アイデンティティが大きく揺さぶられたと言うこともできますね。
中村:そんなことを考えていたら、にわかに時間について知りたくなって何冊も本を読んだんです。
ドイツの哲学者マルティン・ハイデッガーの『存在と時間』に始まり、日本の精神科医木村敏の『時間と自己』、哲学者中島義道の『「時間」を哲学する』など。特にイタリアの理論物理学者カルロ・ロヴェッリの『時間は存在しない』には強いインスピレーションを授かりました。
__時間をテーマにした名著ばかりですね。
中村:そんな中で、昔読んだ『聖書』の一節を思い出したんです。そして、今まであったはずの時間が隠されて、色んなことが大きく変わっていくけれど、それはもう、何か大きな力が決めた時が来たのだと思って、受け入れるしかないんだなと思った。
__このテーマは、コレクションにどんな形で反映されているんでしょうか?
中村:「時間が隠されてしまった」というインスピレーションをもとにして、ピタリと“時”が止まったようなコレクションにしたかったんです。
ポジティブなメッセージを打ち出せるわけでもなかったし、ただでさえ暗い気分なのにダークな世界観を見せたくもなかった。だからいっそ、もう時間が止まったコレクションにしようと思ったわけです。
__なるほど、僕は今季、出来上がっていく作品を見ていて、まさにそういう世界観を感じ取っていました。デザインもクラシックなものがこれまで以上に多かったし、色も基本的にはワントーンで静かなものがほとんど。
まるで凪いだ海のように静かなコレクションだな、と。それはまさにテーマに沿った服作りだったんですね。
中村:そうですね。引用した聖書の一節は2つのものを対比させる形で綴られているのですが、例えばこれをそのまま服作りに置き換えると、白と黒とか赤と黒みたいな、反対色をぶつけ合うことになります。
でも今回のZIIINでは、そういう激しい対立ではなく、静かな変化を表現したかったんです。だから今季の衣服は、双子のように非常によく似たベースの中に、ほんの少しだけ違う要素を混ぜ込む形で作っていきました。
__同じような色でいて、少しだけ違う。同じようなデザインに見えて、少しだけ違う。その少しの差の中で、どの色を、どのデザインを選ぶのか、着る側に問いかけるようなコレクションですよね。
中村:だから少しわかりにくいかもしれないのですが、そこはあえてわかりにくくしたかったんです。
新作シャツ “OSCAR” と “BEARSLEY” について
__今季の作品の中で、すでにONLINEや店頭に並んでいる新作シャツ“OSCAR” と “BEARSLEY”について聞かせてください。
新約聖書をもとにした戯曲『サロメ』を作ったオスカー・ワイルド、英訳版の挿絵を担当したオーブリー・ビアズリーの2人からイメージを膨らませて作ったと聞いていますが、どうしてこの2人を選んだのでしょうか?
中村:先ほど今季の衣服は双子のように非常によく似たベースの中に、少しの違いを織り交ぜて作ったと言いましたが、私にとって『サロメ』を作ったオスカー・ワイルドとオーブリー・ビアズリーはどこか双子のように感じたんです。
今季はGIOVANNI(ジョバンニ)とCAMPANELLA(カンパネルラ)というジャケットもありますが、これは私の故郷である岩手・花巻出身の作家宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する2人の主人公がもとになっています。彼らもお互いがお互いを補完し合うような関係でした。
__イメージのもととなる作品はどのように選んだのですか?
中村:今季のコレクションを作るにあたって、なんとなくずっと気になっていた人たちを選んだという感じですね。彼らからイメージを膨らませて、そこからディテールに落とし込んで作っていきました。
__全部作ってから名前をつけるんじゃないんですね。
中村:そうですね。そういう作り方もあると思いますが、私はイメージからディテールに落とし込むことが多いですね。
__今季は黒を基調とした作品が多い中で、シャツだけは黒以外にもベージュと生成り色、モスグリーンがありますが、これにはどういった意図があるのでしょうか?
中村:ベージュと生成り色は人の肌とよく合う色だから、着る人にそっと寄り添ってくれるような色として選びました。モスグリーンは春夏からのキーカラーでもありますが、同時に自然に回帰する、森に隠れて心を癒すようなイメージです。
今季の素材について————花巻ホームスパン、ヘンプウールツイル、播州織
__今季は素材にも注目したいシーズンだと思っていますが、どのような素材が使われていますか?
中村:花巻ホームスパンに、去年のDARMAでも使っていたヘンプウールツイル、あとはシャツに使った播州織と、春夏のMASAMUNEでも使ったコットンポプリンを引き続き使いましたね。
__花巻ホームスパンは某ラグジュアリーブランドも使っているスペシャルな生地ですが、なぜ今回この生地を使うことにしたのですか?
中村:もちろん地元岩手が誇る美しい生地だということもあるんですが、実はこの生地で服を作るというのは、10年以上前からの夢だったんですよ。
__どういうことですか?
中村:まだ私が盛岡に住んでいた時に、自分でストールか何かを作りたいと思って、何度か飛び込みで何件か盛岡のホームスパンの工場に見学に行ったことがあって。でも全然相手にしてもらえなかったんです。
当時は「やっぱり敷居が高いのかな」なんて思ったんですが、ふらっと来た服屋の兄ちゃんが「何か作りたいんですよねえ」とか言ってたわけですから当然ですよね(笑)。
__本気かどうかもわからないわけですしね(笑)。
中村:でもいつかこの生地で服を作りたいなと、ずっと思っていたのですが、ある日、ぶらりと入った古着屋さんで60年代のドイツのサージカルジャケットと出会いまして。
ショールカラーでショート丈、ウエストをベルトでマークするモダンなデザインで、シルエットもとても綺麗だったのでこれを参考にしてみようと思い立ったんですね。
オリジナルの素材は昔ながらの硬いウールで、それはそれで味わい深かったのですが、もっと上質で優しい柔らかさがある布地で作ったら、今のファッションに馴染むだろうなと思いました。
__そこで「花巻ホームスパンがあるじゃないか」と。
中村:そうです。しかも服を作る前提で問い合わせたら、快く対応してくれて、サンプルを送ってくれました。やっぱり当時の私では本気度が足りなかったのかもしれない(笑)。
その中に今回使ったコットンとウールが50%ずつの生地があったんですが、その色合いが黒の中に深いネイビーが混ぜ込まれていて、まるで夜の空のようだと思ったんです。
『銀河鉄道の夜』的なものを感じた。その時にずっと気になっていたジョバンニとカンパネルラとイメージが重なって……。
__あらゆるピースが、カチッカチッとハマっていったわけですね。
中村:まさに「時あり」でしたね。実際とてもいいものができたと思っています。上品な素朴さ、温かみのあるエレガンスがあるというか。民藝のなかにモダンが息づいているジャケットになったのではと自負しています。
この記事が出る頃には、京都乙景、東京CONTEXTに届いているかと思います。素材の美しさとエレガントなシルエットを感じて欲しいと思います。
__去年のDARMAでも使っていたヘンプウールツイルをもう一度選んだのには何か理由はありますか?
中村:他にも色々候補はあったのですが、花巻ホームスパンとの馴染みが一番良かったのがこの生地だったからです。
今季は先ほども話したように、くっきりとした違いを作るのではなく、静かな変化を楽しんで欲しいと思っています。だから素材同士がぶつかり合わないように、違う存在でも属性の近いものを選びました。
だから何をどう組み合わせても、違和感なくスタイリングを楽しんでもらえると思います。
__シャツに使った播州織はどうですか?中村さんの今までの服作りは、肌あたりの柔らかいものが多かったので、この生地のパリッとした硬さは意外なチョイスだと思っていたのですが。
中村:去年のシャツに使った生地は、もともとの生地に洗い加工をして、さらに硫化染というバイオ加工を施したものでした。
おかげで良い意味で生地にダメージが入って、最初から肌あたりが良くなるんですが、今年はそういうことをしたくなかった。もう十分心も体も痛んでいるのに、これ以上ダメージは要らないんじゃないか、と。
新品の時は硬めの印象ですが、着込んでいくと柔らかくなって、自分のものになっていく生地でもあります。だからぜひ愛着して欲しいですね。
それに、生産背景にも惹かれましたね。
__どんなところで作られているのですか?
中村:兵庫県の北藩、200年以上続く綿織物の産地です。この素材は、甘撚り(あまより)オーガニック播州織と言います。
この地を流れる加古川は、染色に適した軟水らしく、染料の特徴をグッと引き出してくれるのです。確かに深みのある柔らかい色合いです。
加古川のきれいな川の水を使って、大自然の中で作られている。そういう意味でもZIIINの世界観に合致している。だから強く惹かれたのです。
また、私が所属しているVOFという会社は、代表の菊地がアパレルの地方産業を応援したい、という強い意志を持っています。花巻もそうですが、日本には歴史のある素晴らしい織の産地がありますから、今後そういった産地とのコラボレーションなど、取組みはさらに増えていくのではないでしょうか。
__中村さんと菊地さんで、草木染めのプロジェクトも計画していると聞きました。
中村:はい。菊地は岩手県花巻市に拠点を移し、本格的に草木染めを始めることにしました。正直、その決断に驚きましたが、行動力に本気を感じています。
草木染めは、淡く優しい色合いで環境負荷も少ないと聞きます。岩手県産リンドウの紫がかった青をはじめ、染色に使える植物の根は色々あるようです。菊地曰く、それらを活用すればZIIINの衣服でもっと繊細な色の表現ができるかもしれない、とのことでした。
そんなわけで、社内のことながら今後の菊地の活動に期待と注目をしています。
__それは楽しみですね!今日からスタートした2nd delivery分がより魅力的に映るお話でした。ありがとうございました。
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<NEWS>
【新入荷】
・ZIIINの2021-22AW COLLECTIONが東西各店に入荷。
・HED MAYNERの2021-22AW COLLECTIONが東西各店に入荷。
書き手 /鈴木 直人(ライター)
語り手 /中村 憲一(ZIIINデザイナー)