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【デザイナーインタビュー】眼鏡ブランド“七六” – 鯖江の職人と作り上げる“工芸美”の世界

様々な種類のメガネが陳列

もうすぐ乙景のラインナップに新しい仲間が登場します。その名も「七六(ナナロク)」、V.O.Fでも初めての眼鏡ブランドです。

「見える、以上のことを。」をコンセプトに、神戸元町・東京を拠点に国内外からブランドをセレクトする眼鏡店、折角堂。国内ではここでしか見られない眼鏡も数多い同店ですが、七六はそんな折角堂のオリジナルブランドです。

オーナーの高橋 賢吏(たかはし・けんじ)さんがデザイナーを務め、古今東西の眼鏡を見てきた経験を活かし、シンプルでありながら日本の職人の技術の妙を随所に散りばめた“モノ好き”がうなる逸品を生み出しています。

乙景での取り扱いを始めるにあたり、今回は高橋さん本人にお話をうかがい、七六のコンセプトや立ち上げまでの経緯、デザインや生産の背景のほか、高橋さんが考える眼鏡の選び方についても教えていただきました。

「コンセプトは“無垢”」職人との出会いが実現した、“量産の対極”にあるものづくり

丸メガネのアップ

__まずは七六のコンセプトについて教えてください。

高橋 賢吏さん(以下、高橋):コンセプトは「無垢」です。1930年代に日本で発明された合金サンプラチナを磨いただけの無垢材を使い、余計な装飾のない眼鏡を作っています。

__無垢材を使ったフレームは珍しいのですか?

高橋:無垢材を使っているケースは珍しくありませんが、たいていはメッキを施すんです。サンプラチナにしても、代替品として使われているチタンしても、無垢っぽい色のフレームもありますが、それも「無垢っぽいメッキ」を施すのが一般的です。

__どうしてメッキなしの無垢にこだわるのですか?

高橋:出自の面白さと素材の良さを最大限に活かしたいからです。

サンプラチナはニッケル85%、クロム11%、銀3%、その他1%の白色合金なのですが、磨くと名前の通りプラチナのような綺麗な光沢が出ます。

それだけでなく、大手では主流になっているチタンとよく似た性能を持っていて、アレルギーも出にくいし、錆びにくくて丈夫。そして軽い。

メッキを貼れば綺麗な色も出にくくなるし、汗でメッキが剥がれたりもするので、それならメッキなしの無垢で行こう、という感じです。

__僕は七六のフレームのテンプル(ツル。フレームの“手”の部分)が大好きで。なんというか、すごく色っぽいなあと思っています。これも無垢だからですか?

高橋:多分そうですね。

サンプラチナはチタンに比べると質感がリッチで、粘りがあるんですが、シルバーでもゴールドでも無垢の金属ってギラギラ光るというよりは、なんとなく光を吸うような輝きがあるんです。

それが鈴木さんのいう色っぽさにつながっているのかもしれません。

V.O.Fライター鈴木の私物。

__なるほどなあ。七六は最初から「サンプラチナのフレームを作ろう」という発想からスタートしたんですか?

高橋:いえ、全く(笑)。ほとんど偶然です。

折角堂のオープン前にオリジナル眼鏡を作りたい、ゆくゆくは卸販売なんかもできればいいなと思ったのがきっかけだったんですが、最初はセル(プラスチック)フレームでやろうと思ってて。

前職からお世話になっていたメーカーの方に色々な場所に連れて行ってもらって、職人さんを紹介していただくうちに、今七六のフレームを作ってくださっている坂本利一さんに出会ったんです。

__セルフレームからサンプラチナのフレームに舵を切ったのはどうして?

高橋:坂本さんとなら、面白いフレームが作れると思ったんですよ。

眼鏡のフレームって、金属フレームでもセルフレームでも基本的に最低ロットが100本〜とかなんです。できたばかりの眼鏡屋がオリジナルを1型100本なんて作ったら大変なことになりますよね。

だからセルフレームで行こうと思っていた時も、小ロットで生産できる職人さんを探していたんですが、ちょっと難しくて。

でも坂本さんはサンプラチナを使って、1本ずつ自分の手でフレームを作っていく職人さんなんです。

極端に言えば1本から注文して作ってもらえるので、1本ずつ10デザイン、合計10本とかでもできないわけじゃない。だから色んな挑戦ができるんです。

例えば七六では丸眼鏡タイプのフレームで、XSとかS、Mといった具合にサイズ展開をしていますが、これも坂本さんとだからできることです。もし1型100本が最低ロットだったら、それだけで300本ですからね(笑)。

__1つのお店で売り切るには、相当時間がかかるでしょうね。

高橋:たくさん作るにはたくさん売らなきゃいけないし、たくさん売るには「売れるフレーム」しか作れません。それじゃあどこにでもあるようなフレームになってしまうので、折角堂でやる意味がないかなと。

坂本さんがいてくださったからこそ、量産の眼鏡ブランドではできないことができているんです。

「例えば“智”の場所によっても、印象はガラリと変わります」細部のデザイン調整が生み出す、“ちょうどいい塩梅”

神戸元町・折角堂は、元町駅近くの静かな通りにある。

__七六のデザインソースについて教えてください。

高橋:ドイツやフランス、アメリカや日本など世界中のヴィンテージ眼鏡を下敷きにして、七六ならではの“引き算”や“足し算”を施すという感じですかね。

その流れの中で、僕が今かけてる七角形のフレームみたいな「絶対流行らんけど、誰か1人くらい欲しい人もおるんちゃう?」というノリのモデルができたりする(笑)。

__素人目から見ると、眼鏡のフレームのデザインってできることがかなり限られているように思えるのですが、具体的にはどういった調整を加えるんでしょうか?

高橋:例えばこの七角形のフレームのシェイプ自体は、90年代の日本の誰も知らないようなレンズの形からとっています。

でもブリッジ(左右のフレームをつなぐ部分)のデザインはフレンチヴィンテージからとっているんです。

眼鏡のフレームには各部品にそれぞれ「フランスっぽい」とか「ドイツっぽい」「日本っぽい」みたいなデザインがあって、智(ち。テンプルをレンズフレームに取り付ける部分)の場所を高くするか低くするかだけでも印象はガラリと変わります。

そういった要素を七六のクラシックだけど洗練された世界観に合わせて組み合わせる、というイメージです。

「サンプラチナの眼鏡を1から10まで自分の手で作れるのは、もう坂本さんだけなんです」七六の生産背景について

眼鏡制作の様子
photo by yas_mitsui

__では七六の生産背景、というか職人の坂本さんについて経歴や人柄について教えてください。

高橋:坂本さんはお父さんの代から二代続けてサンプラチナの眼鏡フレームを作っている、鯖江の職人さんです。

眼鏡フレームの生産というのは、○○さんは素材を磨くだけ、△△さんはブリッジを作るだけ、という具合に基本的にかなり分業化されています。でも坂本さんは1から10までご自分の作業場で作ることができます。

紹介してくれたメーカーの方の話では、サンプラチナの眼鏡を1から10まで自分の手で作れるのは、もう坂本さんだけだそうです。

__どんな方なんでしょうか?

高橋:「私なんて、これしかできなかったからやってるだけなんです」みたいな感じ。ものすごく謙虚で腰が低く、物腰も言葉遣いもとっても柔らかい人です。奥さんも磨きの作業をしたりしているんですが、同じくとっても優しい空気を持った人です。

photo by yas_mitsui

__作業場はどんな環境なんですか?

高橋:坂本さんは個人事業主なので、完全に「坂本さん家(ち)」です(笑)。一応作業場と生活スペースは分かれてはいますけど、洗濯機とかトイレもあって、僕もお邪魔した時は普通に「トイレ借りまーす」みたいなノリで。

__なんだかいわゆる「作家」みたいな規模感なんですね。

高橋:鯖江の眼鏡の職人さんたちは大半がそういう感じですよ。普通の家の二階に機械がセットされていて、そこでひたすら作業をしているという人が多い。

冬の農閑期に別の仕事をしていた時代が、今もそのまま続いているんです。高い技術力があるからこそ、ですよね。

__じゃあ皆さん農業もされているんですか?

高橋:やってますよ。だから坂本さんのお家にお邪魔すると、収穫したお米で作った焼きたてのおかきを出してくれますし、余ると「持って帰り〜」って言って渡してくれます(笑)。

photo by yas_mitsui

__ほんわかする……。でも腕はいい、というのがTHE 日本の職人という感じでかっこいいですね。

高橋:今まで僕が送ったデザインで「これはできない」って言われたことないですからね。自分の持っているノウハウを総動員して、「こんな感じでどうですか?」ってサンプルを送ってきてくれるんです。

しかも毎回その完成度がめちゃくちゃ高い。坂本さんには本当に頭が上がりません。

「鼻パッド一つとっても、実はこだわりがあって」手曲げ技法だからこそ実現できる、工芸美の世界

坂本さんが1つ1つ手作りする「智」。

__七六のフレームの中で、坂本さんにお願いするからこそ実現できているデザインや仕様はありますか?

高橋:かなり細かいパーツまで、こちらの思った通りに作ってもらえます。例えば先ほど話に出た智も、1つ1つが坂本さんの手作りです。

サンプラチナの板材を、万力みたいな機械をグルグル回してプレスして切り抜いたあと、色々な器具を使って手作業で形にしていくんです。

他で言うと、鼻パッド一つとっても、実はこだわりがあって。

__どういうことですか?

高橋:七六の鼻パッドは昔ながらの金具でパッド足と呼ばれるフレームの部分を挟む形式のものを使っています。これはわざわざうちが鼻パッドメーカーに注文して、それが使えるように坂本さんにフレームを作ってもらっているんです。

__一般的な鼻パッドとどう違うんですか?

高橋:現行の鼻パッドは、ネジで回して固定する形式のものを使っています。ネジを付けるためにはそれだけ鼻パッドに面積が必要なので、鼻パッドの形がボックス型になります。

もちろん現行品には現行品の良さがありますが、ボックス型になるとどうしても見た目が現代的になってしまう。それだと七六の世界観に合わなくて。

でもクラシックタイプの鼻パッドなら、楕円形が柔らかい雰囲気を醸し出してくれます。だからわざわざこっちを使っているんです。

__僕もクラシックな眼鏡が好きで、「眼鏡は一山(鼻パッドのないタイプ)のフレームだ!」って思いがちなんですが、鼻パッドにもクラシックなものと今風なものがあるんですね。

高橋:面白いでしょ?先ほど少し話に出ましたが、七六のフレームに使っているブリッジもけっこうすごいんですよ。

__ぜひ聞かせてください。

高橋:七六では曲線的なフランスタイプのブリッジを使っていますが、このパーツはもともとサンプラチナの棒なんです。

棒がコイルみたいにグルグルに巻かれているんですが、そこから棒の先を引っ張り出して、切って、専用の器具で潰すんです。そうやって平面にしておいて、立体的に曲げてブリッジを作っていく。

坂本さんは「これをね、こうやって、こうやって作るんですよ〜」って軽く言いながら作業するんですが、僕からすれば魔法みたいです(笑)。

__もうそこまで行くと工芸品って感じがしてきますね。

高橋:本当に坂本さんが作るものは工芸品ですよ。人の手だからこそできることです。

あとこれは坂本さんの技術の話ではないんですが、七六ではフレームに使う材料にもこだわりがあります。

__サンプラチナという以外にもこだわりが?

高橋:はい。サンプラチナと一口に言っても、丸っこいもの、細いものなど色々あるんです。

その中でも七六では、角張っていて、なるべく太くて、フレームにした時にパキッとした面が出る材料を使ってもらっています。例えばラウンドタイプのフレームでも、形は丸なんですけど面が出てるんです。

__ああ、なるほど!だから七六って、色っぽくて繊細なイメージがあるのに、どこか男っぽいムードもあるんですね。

「七六の眼鏡は“無地のシルクのTシャツ”でありたい」七六フレームの選び方

__七六全体で言えばフレームだけで20型程度、乙景が発注させていただいたものだけでも3型と、眼鏡選びに慣れていない人の中には「どれが自分に似合うんだろう?」と不安を抱く人もいるかもしれません。高橋さんが思う「似合う眼鏡の選び方」を教えてください。

高橋:PD(Pupillary Distance、瞳孔間距離)に対して小さすぎなければ、あとは自由かなと思っています。

PDはシャツで言うところの肩幅みたいなものです。自分のヌード寸法よりも肩幅の大きなシャツを着ても問題ありませんが、逆に小さいシャツを着ると「サイズ間違えてる感」が出てしまいますよね。

それと同じでPDに対して眼鏡フレームPD(フレームのレンズ間の距離)が多少大きくてもおしゃれに見えるんですが、小さいと離れ目に見えたりして眼鏡をかける人の魅力を損なってしまう可能性が出てきます。

逆に言えば、そこさえ押さえておけば、七六は余計なものを削ぎ落としたデザインなので、ファッションの邪魔になるようなことはないと思います。

乙景さんで発注していただいたオクタゴン(八角形)のフレームも七六の中では個性派ですが、主張しすぎるわけではないですから。

__乙景が発注したフレーム3型は、どんな人におすすめしたいですか?

高橋:乙景さんが取り扱っているような服と七六はとても親和性が高いと思うので、自分の直感を信じて選んでもらえれば間違いないはずです。どれもきっとよく似合いますよ。

__「これどうかな?」みたいな不安は抱かずに「これだ!」と思ったものが正解、ということですね。

高橋:うんうん、「ピンときたら正解」です。

あと七六って春夏の軽めの装いにすごく合うんです。デザインの主張も控えめだし、色もシルバーで涼しげ。無垢材だから汗と反応してメッキが剥がれることもない。

一般的に眼鏡って季節感は関係ないと思われがちなんですが、僕としてはやっぱり真夏に太い黒縁の眼鏡なんかをかけていると、つけ心地も見た目も暑いんですよね。

服でもやっぱり夏はガシガシのデニムじゃなくて、軽やかなリネンの生地を使ったものを着たいって人も多いでしょ?眼鏡も同じように季節を感じるアイテムとして、つけかえてみて欲しいですね。

__乙景のようなセレクトショップで七六が取り扱われるのは初めてですか?

高橋:ポップアップイベントをさせてもらったことはありますが、正式に扱ってもらうのは初めてですね。

__僕は折角堂で眼鏡の楽しさに目覚めた人間なので、これを機にファッション好きの人たちに眼鏡の魅力が伝わっていけばいいな、と思っています。

高橋:ありがとうございます。そうなれば嬉しいですね。ファッション好きの人たちって、眼鏡やアイウェアを買うとなるとけっこうクセ強め、難易度高めのものを選ぶ方が多いイメージがあって。

もちろんそういうのもカッコいいんですが、七六は引き算に引き算を重ねているので、いわゆるアルチザンとかモードと言われるファッションにも合いますし、お仕事なんかでも使ってもらえるんですよ。

言ってみたら、七六の眼鏡は“無地のシルクのTシャツ”でありたいって思ってるんです。シンプルなんだけど、むちゃくちゃ贅沢で、「わかる人にはわかる」魅力があるというか。

__確かに。静かなんだけど、ちゃんと味わいがある。

高橋:乙景さんで取り扱っている服も、そういうものが多いと感じていて。だからきっと乙景さんのお客様にもご満足いただけると思うので、ぜひ一度お試しいただけたらと思います。

__一人の七六ファンとして、とても楽しいインタビューでした。本日はありがとうございました。

<NEWS>
・【6月24日】より、乙景にて眼鏡ブランド<七六>の取り扱いがスタート。
・CONTEXTがリニューアルオープン
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語り手/高橋 賢吏(折角堂オーナー)
書き手/鈴木 直人(ライター)