【考察】ZIGGY CHEN が 2022SS COLLECTION “INACGRAPHY” で伝えたかったものとは?

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【考察】ZIGGY CHEN が 2022SS COLLECTION “INACGRAPHY” で伝えたかったものとは?

ZIGGY CHENの2022SSは先月末に京都・乙景の発注分が到着し、少し遅れていたCONTEXTの発注分も間もなく到着予定です。

ONLINE STOREへの掲載もしばしお時間をいただきますが、現在ONLINEスタッフが急ピッチで準備を進めています。

今回はこのタイミングで、ZIGGY CHEN が 2022SS COLLECTION “INACGRAPHY” で伝えたかったものを、V.O.Fライター鈴木の目線で考察してみたいと思います。

“INACGRAPHY”=“INACTION(不作為)”+“ICONOGRAPHY(図像学)”

こちらはZIGGY CHEN 2022SS COLLECTION “INACGRAPHY”のコレクションムービーです。テーマである“INACGRAPHY”は“INACTION(不作為)”と“ICONOGRAPHY(図像学)”を組み合わせた造語です。

今シーズンの作品の特徴を挙げるとすれば、これまで以上に「裏」に力を入れている点です。下の2着のシャツはいずれもベースボールシャツのような形の半袖シャツですが、形が同じにもかかわらず、裏地は全く別の作りになっています。

他にも異なる素材や色、プリントを組み合わせたり、ジャケットの中に小さなカバンを潜ませてみたりと、着る人が「こんなところにも!?」と驚くようなディテールをあちこちに仕込んでいます。

ZIGGY CHENはショップ向けの資料の中で、“The focus of the collection is to arouse the pleasure of dressing.(このコレクションでは、服を着る喜びに焦点を当てた。)”と書いていました。作品を見ると、そのコンセプトがしっかりと具現化されていることがわかります。

ただ、これだけではシーズンテーマの“INACGRAPHY”や、シーズンを象徴するSCHOLAR(学者)のプリント柄、コレクションムービーに込められた意味まで理解できたことにはなりません。

毎シーズン、細部まで作り込んでいるZIGGY CHENが「なんとなく気分だったから」という理由で、これらのクリエイションを発表したとは考えにくいでしょう。

そこで以下では、「プリントされた学者とは誰なのか?」をきっかけに、ZIGGY CHEN が 2022SS COLLECTION “INACGRAPHY” で伝えたかったものを探っていこうと思います。

学者の正体———SCHOLAR PRINTの図像学

ZIGGY CHENは前述の資料の中で、次のようにも書いていました。

Always attracted by the iconographic representation in ancient Chinese paintings,(古代中国絵画の図像表現にいつも魅了されている)

このことから、学者のプリントは古代中国絵画からインスパイアされたものだということがわかります。では古代中国絵画とは具体的にいつ頃の、どんな絵画のことを指すのでしょうか。

筆者は春秋戦国時代(紀元前770年〜紀元前476年)から漢時代(紀元前206年~220年)の人物画ではないか、と考えています。

楚墓出土品『人物御竜帛画』
引用:Wikipedia

根拠は2つあります。一つは中唐時代(8世紀)までの中国絵画は、着色画・人物画がメインだったから。

もう一つは古代中国絵画には、紙の代わりに絹布を使って描かれた帛画(はくが)というジャンルがあり、これが描かれたのが紙の発明以前の春秋戦国時代から漢時代の頃だからです。

生地に学者の柄をプリントするという行為は、いわば帛画的な行為です。こう考えると、帛画の時代の人物画こそが、“INACGRAPHY”のインスピレーション源としてふさわしいと言えるのです。

孔子像
photo by Mr. Tickle

次の問題はこの学者が誰なのかです。

春秋戦国時代から漢時代だけでも500年ほどあるので、学者も数えきれないほどいたはずですが、今回注目したいのは春秋戦国時代の学者です。

春秋戦国時代の中国では、多い時で200以上の国が乱立し、少ない時でも7つの国があり、各国がせめぎ合っていました。そして、国のトップは他国に勝つための政策や思想を考案する人材を求めていました。

そんな中で影響力を持ったのが、のちに諸子百家と呼ばれることになる学者たちです。

儒教を作った儒家、平和主義・博愛主義を説いた墨家、安倍晴明ら陰陽師の起源となった陰陽家などが代表的な派閥ですが、ここでフォーカスしたいのは道家(老荘思想)という派閥です。

道家では『老子』『荘子』『周易』の3冊の書物が重要視されますが、『老子』『荘子』はいずれも人の名前を書物のタイトルにしたものです。このうち今シーズンのZIGGY CHENのテーマとぴったり重なっているのが荘子なのです。

荘子
引用:Wikipedia

というのも、荘子が最も大切にしていた考え方が「無為自然(むやみに知や欲をはたらかせず、自然に生きること)」だったからです。今季のテーマ“INACGRAPHY”の半分は、先ほど書いたように“INACTION(不作為)”。荘子の哲学にぴったりと一致します。

また荘子は徹底的に価値や尺度の相対性を説き、いわゆる「常識」とか「絶対」を批判し続けました。

例えば「世間一般で役に立たないとされているものでも、見方を変えると別のところで大きな役割を果たしていることがある」という考え方(無用の用)、「荘子が夢の中で胡蝶になり、自分が胡蝶か、胡蝶が自分か区別がつかなくなった」という説話で語られる世界観(胡蝶の夢)などが荘子の思想を代表していると言われています。

こうした思想は、極めてZIGGY CHEN的です。

どちらが表でどちらが裏かわからないほど作り込まれた裏地、コートなのかジャケットなのか、はたまたシャツなのかわからないトップス、インナーとしてもアウターとしても着こなせるベスト。

洋服とはこうあるべし、という既成概念にとらわれない自由なクリエイション。

このように考えると、プリント柄に採用された学者の正体は荘子なのではないかと思えてくるのです。

地下で舞い踊る、顔のない男——— “INACGRAPHY” コレクションムービー考察

プリントの柄に使われた学者が、春秋戦国時代の諸子百家あるいは荘子———つまりすでに亡くなっている人だという前提でコレクションムービーを見ると、ZIGGY CHENが何を表現したかったのかが見えてきます。

約4分間のムービーで映されているのは、以下の4つです。

・地下室のような暗く、薄汚れた空間
・中央に設置された舞台
・舞台の上に現れたり、消えたりしながら踊るマスクを被った男
・男が身につけているZIGGY CHENの作品

またムービーの説明欄には、以下のようなキャプションが付けられています。

INACGRAPHY is a collection with an optimistic and light attitude, which gives the wearer joy and ecstatic serenity. The same that is found in the figures of the paintings that, like idle spirits, populate the garments of this Ziggy Chen collection.
(INACGRAPHYは、楽観的で軽やかな姿勢で、着る人に喜びと恍惚とした静寂を与えてくれるコレクションです。ジギー・チェン コレクションの衣服に描かれた絵画の人物たちは、まるで精霊のように、このコレクションを彩っています。)

これらのことからZIGGY CHENは、霊的な世界への入り口で荘子のような過去の偉人たちを讃え、降臨させるための儀式を表現したかったのではないか、と筆者は推察しました。

紳士淑女の訪問(1860年代)
カタコンブ・ドゥ・パリを観光する紳士淑女
painted by J・フェラ – カルナヴァレ博物館


地下という場所は、昔からいわゆる「あの世」やそこに通じる場所として認識されていました。実際、ヨーロッパには中世時代から地下墓地が作られていましたし、パリには世界最大規模の地下納骨堂「カタコンブ・ドゥ・パリ」があります。

中国でも、秦の始皇帝の大規模な墓は地下に作られていました。ウイグル自治区でも6〜7世紀に作られた地下墓地「アスターナ古墳群」が見つかっています。

神楽を舞う巫女/服部住吉神社の秋祭(例祭)の宮入にあたって斎行されたもの。
photo by Bakkai

また、舞踊はもともと原始宗教から発生したとされており、儀式の中で神と一体化したり、神に祈ったりするために様々な踊りが生まれたと考えられています。

したがって、暗く、薄汚れた空間は霊的な世界への入り口としての地下であり、中央に設置された舞台は祭壇で、マスクを被った男は過去の偉人を呼び出すために踊り、彼らと一体化するシャーマンなのではないか、と言えるのです。

ZIGGY CHENが今季伝えたかったもの

「諸子百家や荘子のように自由に思考し、人生もファッションも楽観的に楽しもう」。

ZIGGY CHENが今季のコレクションで伝えたかったものを、思い切り簡潔に表現するとしたら、こんなメッセージになるのかもしれません。

コロナ禍によりずっと鬱屈したムードがただよう、私たちの毎日。これからどうなってしまうんだろうか……と不安を感じている人も多いのではないでしょうか。

しかし考え方や見方を変えれば、今の状況を楽しむ方法はいくらでも見つかるはず。ZIGGY CHENの作品を通して、ファッションを楽しむのもその方法の一つですし、本やネットで諸子百家の思想に触れ、今の時代を生き抜くヒントを学ぶのも良いでしょう。

冒頭でも書いたように、京都・乙景にはすでにZIGGY CHENの2022SS COLLECTION “INACGRAPHY”の作品が到着していますし、東京・CONTEXT、ONLINEでも間もなくご覧いただくことができます。

今シーズンも目で見て、肌で触れて、頭で感じて、ZIGGY CHENのクリエイションを堪能いただければ幸いです。

<NEWS>
・ZIGGY CHEN 2022SS COLLECTIONの第一便が京都・乙景に到着。東京・CONTEXT分も間もなく到着。
・東西各店、ONLINE STOREにJAN JAN VAN ESSCHE 2022SS COLLECTIONが到着。

ONLINE SHOP
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書き手/鈴木 直人(ライター)