JAN JAN VAN ESSCHEの魅力はどこにあるのか?
京都の乙景、東京のcontextで取り扱っている、ベルギーアントワープのブランドJAN JAN VAN ESSCHE。少し前までは知る人ぞ知るブランドでしたが、近年では日本にも取扱店が増え、知名度も少しずつ高まってきました。
「いつかJAN JAN VAN ESSCHEの服を着てみたい」「JAN JAN VAN ESSCHEの魅力をより深く理解したい」と考えている人も多いのではないでしょうか。
そこで今回は彼らと長い付き合いのある乙景店主・中村憲一にJAN JAN VAN ESSCHEの魅力について語ってもらいました。
JAN JAN VAN ESSCHEの魅力は「哲学」にある
__JAN JAN VAN ESSCHE(以下ブランドについては「JJVE」と表記)の魅力を一言で表すと、どんな表現になりますか?
とても一言では語りきれませんが、強いて表現するとしたら「JJVEの哲学」でしょうか。
彼らの服作りを見ていると、「人はどう生きるべきか」ということに真摯に向き合い、その延長線で「衣服」を作っているという感じがします。
__どんな哲学ですか?
彼らはよく「人は精神も身体も自由であるべきだ」と言います。だからJJVEの服には着る人の体や心に馴染むものが多いんです。
例えばジャケットやコートでは、着物と同じように肩の位置が決まっていないので、恋人同士でシェアすることができます。
パンツなら、必ずドローコード(腰紐)が入っています。ベルトが要らないから、生活の中で締めつけを感じにくくなっている。リラックスできますよね。
ゆったりしたものが多いのも同じ考え方から来ているのだと思います。
__しかし単なるリラックススタイルとも違いますよね。
JJVEのデザインには、リラックスの中に洗練されたエレガンスがあります。柔らかいシルエットのなかにも鋭さがあるんです。
__それは例えばどんなところに表れていますか?
アウターやトップスで言えば、襟の立ち方や裾のカッティング、背中のタックなどですね。全体ではなく、細部にシルエットの”心臓”があります。
また、絶妙なバランス感覚もJJVEのエレガンスの源です。
__どういったバランス感覚ですか?
カジュアルなデザインでも生地にとても上品なものを選んでいたり、逆にカジュアルな生地を使っていてもデザインがとても上品だったり……そのバランス感覚が素晴らしいと感じています。
これによって、「美徳」とか「静謐(せいひつ)」が服から香ると言いますか、そんな気配がありますね。
JAN JAN VAN ESSCHEの「バランス感覚」の根底にあるもの
__そういったバランス感覚の根底は、どこにあるんでしょうか?
ヨーロッパ人が培ってきた衣服の文化と彼の美意識が交わったものだと思います。
例えば透け感への考え方。JJVEは最初から頻繁に透ける素材を使っていて、レイヤードによって奥行きを出すのがすごく上手だった。「秘する」と「隠す」の違い、とでも言えるかもしれません。
すっかり隠してしまうのではなく、薄霧のように透けて見せることで、幽玄な表現を作り出している。これはヨーロッパのドレスのテクニックじゃないでしょうか。
加えて、デザインが着る人に与える所作にも、彼らの美意識は現れていると思います。
__デザインが、着る人に、ですか?
そうです。というのも、誤解を恐れずに言えばJJVEの服は機能美とは真逆の作りをしています。
生地をたっぷり使っていますから、引きずったりぶつかったりしそうになる。それを上手いこと避けながら自然に動かなければならない。
すると、そこにひとつふたつ無駄な所作が生まれます。例えば、裾をさばく手足の運び方を気をつけなければならないんです。
__デザインが、着る人に、所作を、与えるわけですね。
そうです。無駄と言うと野暮なので、余白と呼びましょうか。これが着る人の所作を美しく粋に見せてくれるんです。
また、JJVEのデザインの根底にあるものという話であれば、アジア特に日本への畏敬の念も挙げられますね。
__どんなところでそれを感じましたか?
わかりやすい例を挙げれば、JJVEには「KIMONO」という呼び名の服があるくらいです。また彼らは日本の文化に深く触れ、多くのものを学んでいます。
初めて会ったとき、彼は日本の江戸時代後期に撮られた写真を集めた本を見せてくれて、「僕はここから霊感(インスピレーション)を得たんだ」と語ってくれました。
そこに収められていたのは、寒々しい小さな漁村で暮らす男、子供を背中に背負って洗濯をしている女。着物をまくると露わになる煤だらけの体。
お洒落な本ではありません。むしろ真逆です。しかしそこに映る人々は貧しくも生命力に満ち満ちていました。
日本の仏教学者で、世界に禅文化を広めたとされる鈴木大拙の書物も、熱心に読んでいるという話でした。私はそんな彼の話を聞いて、衝撃を受けたものです。
__衝撃、ですか?
はい。アジアに生きる人たちのたくましさ、しぶとさ、勤勉さ、禅の思想。これは、華やかなファッションの世界に生きる西洋人には特に理解し難い領域の感性です。
にもかかわらず、西洋人の、しかもドレッドヘアのデザイナーが(笑)、「キモノがインスピレーションだ」と言っているわけです。当時の私にとってはそれはそれは大きな衝撃だったんです。
「キモノ」は今なら珍しくはないデザインコンセプトですが、当時注目していた人間は、日本人デザイナーですら数えるくらいだったのではないでしょうか。
同時に長年自分が探していた何かーーーアイデンティティと呼べばしっくりくるかもしれませんーーーが見つかった気もしましたね。
個人的に感じていた「日本のファッションは欧米に追従しているばかりだ」というコンプレックスが氷解したというか……。
自国の文化を肯定されて非常に誇らしく、嬉しい気持ちになったのを記憶しています。
JAN JAN VAN ESSCHEのチームに「シェフ」がいる理由
__JJVEのチームには、どんなメンバーがいるのでしょうか?
デザイナーのヤンヤン、パートナーのピエトロをはじめ、彼らJJVEチームは知性と優しさが溢れていて、人として尊敬できる人ばかりが集っています。
その空気がJJVEの作る服にも含まれていると感じています。
__チームの様子について、詳しく聞かせてください。
JJVEのチームは、デザイナーのヤン・ヤン、パートナーのピエトロが主軸となってチームを動かしています。展示会では、そこにフードプロジェクト「OTALKINO」を主宰しているシャルロットという女性シェフが合流しています。
__ファッションブランドのチーム内にシェフがいるんですね。
意外に思うかもしれませんね。でもシャルロットの存在はとても大きいんです。なぜなら、彼らは食生活をすごく大切にしていて、「みんなで食卓を囲む」ということに重きを置いているからです。
展示会やアトリエに行けば、必ずシャルロットお手製の色とりどりの料理が、たっぷり用意されていて、スタッフはもちろん、バイヤーにも料理が振る舞われます。
ヤンヤンの好きなレゲエや民族音楽が流れるなか、料理をつまんだり、ワインを飲んだりーーー国籍も何も関係ない、自由な空気が流れています。彼女の料理があることで、展示会が和やかな雰囲気になるんです。
__それは展示会だから、アトリエに友人が来たから、というわけではなく、日常的な習慣になっているのですか?
毎日見ているわけではないので分かりませんが、パリの展示会だけでなく、私が彼らのアントワープのアトリエに滞在させてもらっている時も同じです。
彼らの生き方の根幹には「大切な人と暮らす」ということがあるのだと思います。その中でも特に食事は重要で、その時間を大切な人たちと共有することが、彼らにとって何事にも変えがたいものなのだと感じました。
__食事中は何か話したりするのですか?
展示会の会期中、食卓には僕も含めて様々な国籍の人たちがいますから、それぞれの国の状況を語る事が多いですね。
他には、ヤンヤンたちがその時々に進めているプロジェクトやアート、音楽についての話題もありますし、世間話や笑い話も多いですよ。
__仕事=服が生活の中心にあるのではなく、あくまで生活の一部に仕事=服があるだけなんですね。
先ほどお話しした哲学と同じく、そこは彼らのずっとブレないところですね。
私もあくまでファッションは生活の一部であるべきだと考えていたので、初めて会った時から彼らに強く共感していましたし、「いつか彼らの価値観に共鳴する人たちが現れ、波紋のように広がっていくだろう」と思っていました。
そのことを彼らに伝えると、同じビジョンを描いていたようで「僕たちもそう信じてるよ」と言っていました。まだ、日本に取扱店が2〜3店舗しかなかった頃の話です。
JAN JAN VAN ESSCHEに起きた変化と、これからのJAN JAN VAN ESSCHE
__しっかりとした軸を持つJJVEですが、彼らが変わったところはありますか?
洗練されたエレガンスはそのままに、より着心地の良いファッションになってきたと感じています。
__どんなところにそれが表れていますか?
今期も扱っているデニムジャケットのようなアイテムや、テーパードシルエットのサルエルパンツみたいなアイテムです。
昔はトップスだともっとひらひらしている服や、パンツだと地面を引きずるような服が多かった。その頃に比べて、今は着やすい服が増えました。
__何かきっかけがあったんでしょうか?
彼らは時代の空気感を掴むのが早いですから。でもそれは商業的なセンスに優れている、という意味ではありません。異なるものを受け入れる素直さという意味です。また、ファンもショップも増えてきましたから、たくさんの貴重な声があるでしょうし。
あとは、ニューヨークに行ったときの経験も大きかったのかもしれません。
__どんな経験ですか?
ヤン・ヤン本人から聞いた話ですが、ニューヨークに自分たちの服を着て行ったら、驚くほど歩きにくかったらしいんです(笑)。
まるで江戸時代から現代に漂着したタイムトラベラーのようなだったでしょうね。本人も笑っていました。
ゆったりと時が流れるアントワープと、活動的なニューヨーク。その土地、そこに流れる時間、そこで暮らす人たち。様々な状況がありますから、場所が変われば求められる服の形が変わっても不思議ではありません。
__実体験を通して、変化の必要性を感じたわけですね。
おそらく(笑)。とはいえ、安易に方向転換をしているわけではないので、この10年を通して彼らに起きた変化は、とてもポジティブなものとして受け取っています。しなやかに変化していくことは大切なことですから。
__今後、JJVEはどうなっていくと思いますか?
個人的に感じる事は「過去と現在」という2つの軸を、より意識した物づくりが増えてくるのではないかなと思っています。
20-21AWで言えば、懐かしさを感じるヴァージンウールのコートと、今の技術だから実現できた軽くて暖かいヤクウールのコートが象徴的です。
今後はデッドストックのアンティークの生地を見つけてきてそれを主役に物づくりをする、といった話も出てくるかもしれませんね。あくまでも私の想像ですが。
__彼らはこれまでにも、裂織、藍染など実験的なコレクションをしてきていますよね。
はい。数年前の藍染のコレクションは本当に苦労したようでした。藍は生き物なので、温度管理が必要不可欠です。彼らもそのためにアトリエのバスルームに藍染のタンクを置いていたものです。
また水洗いで絞るのにすごく体力がいるようで、力自慢の友人が手伝っていました(笑)。
__彼らはそういったノウハウをどこから仕入れてくるのですか?
アフリカまで藍染の達人に逢いに行って教わったそうです。
__すごい労力ですね。
彼らの実験精神が潰(つい)えることはないでしょうね。旅、そこで出会う人とのつながり、情熱の交換ーーー自分たちの頭を使い、身体と動かし汗を流して衣服を創作すること。
そのような体験を通して、彼らの表現はより強靭になっていくでしょう。
__今後のJJVEがどう変わっていくのか、楽しみですね。
そうですね。彼らがどう変わっていくにせよ、そこには彼らの美しい哲学が息付いています。
ファッションに携わる一人の人間としても、良き友人としても、これからも変わらず、JJVEの服を尊敬の念を持ちながらご紹介していきたいと思っています。
私がおじいちゃんになっても、ずっと着ていきたい服ですね(笑)。
聞き手/鈴木 直人(ライター)
語り手/中村 憲一(京都・乙景)