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私たちがつい「黒い服」を選んでしまう理由 – 東西黒色小史

CONTEXT TOKYOで働く私、伊藤香里菜は、実は去年の秋冬黒い服を避けていました。黒い服はついつい手に取ってしまうのですが、それはある種の「逃げ」のような気がして、本当に服選びを楽しんでいるか疑問に思ったからです。

ファッションの楽しさを伝える側として、黒だけに執着して思考停止するわけにはいかない、と。

しかし今年、また黒が気になるようになったのです。店頭に立っていても、手に取るのは気づけば黒い服ばかりです。

「なぜこんなに黒に惹かれるのか?」と素朴な疑問が浮かんできたので、服飾史における黒の役割について調べてみたところ、この色は服飾史にとって重要な色で、1本や2本のジャーナルで書ききれる量ではないことがわかりました。

そこで今回は的を絞って、東西の黒色にまつわる文化史を通して、人が黒い服をどんなふうに着てきたのかをお話ししたいと思います。

西洋黒色小史―――労働の証としての黒

力織機と労働者(1835年)
引用:Wikipedia

まずはヨーロッパの服飾史において大きな功績を残した国の一つ、イギリスの黒の文化史についてお話しします。ヨーロッパの黒い服は、18世紀の産業革命時代に大きな発展を遂げました。

というのも、それまでは胡桃(くるみ)の種子や煤(すす)を用いて黒に染めていたのですが、天然染料ではきれいな黒には染まらなかったそうです。しかし産業革命により、安価な合成黒色染料が発明されます。以降、黒は工業革命の色として本格的に浸透していきました。

産業革命をリードした国といえばイギリスです。その意味で、イギリスの黒い服の歴史は同時に当時の先進国の黒い服の歴史でもあるのです。

産業革命期イギリスの織物・編物工業地帯に起こった機械破壊運動(ラッダイド運動)の一幕。黒服を着た労働者たちが力織機を叩き壊そうとしている(1812年)。
引用:Wikipedia

当時黒い服を重宝したのは、労働者階級の人々でした。彼らは日常的な仕事着として黒い服を好んだからです。

産業革命はエネルギー革命とも言われます。従来のエネルギー源の代表格であった木炭が、石炭に取って代わられたからです。石炭を取り扱う仕事が増えるにつれ、衣服が石炭で黒く汚れることも増えていきます。

そこで彼らは「服がもともと黒ければ、汚れも目立たなくて良いのではないか」と思ったのでしょう。さすがは近代合理主義の先進国です。

ちなみに、18〜19世紀では衣服の汚れや経年劣化こそが労働の証として、働く人の誇りになっていた、という説もあるそうです。

それなら無染色の白い服を着て汚れをアピールすれば良さそうなものですが、彼らは本来汚れにくい黒い服をどれだけ汚すかに心を砕いていたのでしょうか。

そう考えると、産業革命時代のイギリスの黒い服には、労働者階級の美学が詰まっていると言えるのかもしれません。

こうした労働者階級の美学を現代の装いとして取り入れるのであれば、こんなイメージでしょうか。

写真はポールハーデンのジャケット。ウールをベースにした単衣(ひとえ:裏地のない)のものです。

ポールハーデンは産業革命以前の衣服をデザインソースにすることが多いらしいのですが、18世紀から19世紀のイギリスの庶民的なスタイルを感じるものもあります。

同ブランドの黒の醍醐味は、何年も大切に着込んでいくことで見えてくる服の変化です。そうして刻み込まれるシワや、褪せていく黒には当時の使い込まれた労働着を感じさせます。

実際、ポールハーデンの生地のいくつかは産業革命期直後の19世紀後半に設計されたドブクロス織機を使って織られています。その意味で、同ブランドの衣服は産業革命時代の労働者たちの美学を現代にまで受け継いでいるブランドと言うこともできそうです。

西洋黒色小史―――新興上流階級ブルジョワジーを魅了する黒

ボルディーニによる、ロベール・ド・モンテスキューの肖像。フランスの唯美主義者、象徴派詩人であり、ダンディズムの体現者として知られる。
引用:Wikipedia

イギリスで黒を好んだのは労働者階級だけではありませんでした。19世紀に入ると、それまでファッションリーダーであった貴族は権力を失いますが、そこに代わって登場したのが、新興中産階級のブルジョワジーです。

彼らは新しい価値観であるダンディズムを掲げて、男性服の発展に貢献しました。このダンディズムと黒い服は密接な関係を持つのです。

舞踏会でのボウ・ブランメル。左のカップルには「ラットランド公爵夫人と深く語り合うボウ(Beau=フランス語で、しゃれている男)・ブランメル」という注釈がついている。
引用:Wikipedia

ダンディズムの創始者であるジョージ・ブライアン・ブランメルは「ダンディな装いとは、色は地味で装飾は控えめである」と定義しました。これにならい当時の男性は、黒などの暗い色の服を着るようになります。

ここでの黒は、決して無関心や無気力といったネガティブな意味を持つ色としてではなく、控えめななかに秘められた強い意志や情熱を表すとされていました。

また黒は、埃などの灰色や白い汚れは目立ちやすいので、いかに手入れをしているかで男性としての権力を示していたという話もあります。

1850年代には色彩が見られた上着も黒一色となり、19世紀にフランスなどのヨーロッパを中心に広がることとなります。そうしてダンディズムによって誕生した男性のスーツスタイルは現代にまで引き継がれることになるのです。

私たちがつい黒い服を選んでしまうのは、ボー・ブランメルが確立したダンディズムの黒に、知らぬ間に惹きつけられているからなのかもしれません。

Edwina Horl jackket
dauerbrenner by Edwina Horl SAKKO〈DOPPELREIHER〉
BLACK(SOLDOUT)

こちらのエドウィナ・ホールの黒のジャケットには、ダンディズムのムードを感じます。

まずは素材。ウール・レーヨン・ポリエステルの混紡生地は、秋冬に適した温もりを感じる生地感を持ちながら、同時に程よい光沢感があり、やりすぎない色気も持ち合わせています。

何より気取りすぎていないのが、このジャケットがダンディズムに通じるところです。一般的なジャケットというと、身体のサイズと合わせてぴったりと着こなすテーラードを思い浮かべると思います。

しかしこのジャケットは全体的に程よいゆとりがあり、変に意気込まずとも自然に着こなすことができます。気取りすぎていないシルエットだからこそ、自然体な美しさを演出してくれるのです。

かつて、ボー・ブランメルもネクタイを結ぶのに何時間もかけたそうですが、それはあたかも無造作に結ばれたかのように見せるためだったそうです。飾ろうとする意識を悟られないようにするための、ダンディズムの逸話として語られています。

このジャケットがあれば何時間もかけずとも、さっと羽織るだけでブランメルが理想とした「飾らない美しさ」を身にまとうことができるのです。

東洋黒色小史:古代中国思想と黒の関係

五行の色、四季、方位を表した図。
作成:Ju gatsu mikka

次に中国の色の歴史を通じて、東洋の黒にまつわる文化について見ていきましょう。

中国は原色を尊ぶ国で、青(緑)・赤・黄・白・黒(紫)の5色それぞれを陰陽五行説の五行と対応させて考えてきました。

陰陽五行説とは中国の古代思想で、万物は「陰・陽」の二気と「木・火・土・金・水」の五行、すなわちこの世は陰陽五行の要素で成り立っているという思想のこと。

このうち五行と色が、木=青(緑)、火=赤、土=黄、金=白、水=黒(紫)といった具合に、対応するものとして考えられてきたのです。

ちなみに五行は季節とも関連していて、春=木、夏=火、土用=土、秋=金、冬=水(紫)という形で対応しているとされます。そのため古代中国の習俗では、これを指標にして季節に応じた衣服の色を選んでいました。

つまり、春=青(緑)、夏=赤、晩夏=黄、秋=白、冬=黒の服を着るのが適している、と考えたわけです。

これを踏まえると、気温が下がってくるとついつい黒を手に取りたくなるのは、私たち東洋人の中にインプットされている中国の色に対する考え方の影響……なんてことも言えてしまうのです。

始皇帝の肖像画。
引用:Wikipedia

中国史によると、黒は秦の時代に皇室の色として重宝されました。そこから次第に下級官吏の制服の色となったり、農夫の頭巾の色として用いられたりと、イメージは多様化していったそうです。

また、悪人の顔に文字や記号を彫って黒い墨を入れる「墨刑」などの登場により、黒のイメージは犯罪とも結びついてきました。現代の中国における黒は、陰陽五行説の思想が根底にありながらも、ネガティブなイメージとも結びつく色でもあるのです。

しかし誤解を恐れずに言うのであれば、悪人や犯罪はポジティブな捉え方をすることもできます。なぜなら犯罪者は社会的な悪であると同時に、社会のルールを破る強さを持っている、とも考えられるからです。

また人間は未知なるものや人に対して、魅力的に感じてしまう生き物です。善良な一般人からすれば、悪人は「何を考えているのかわからない人間」です。こうしたミステリアスなイメージと黒が重なることで、黒は人々を魅了しているのではないでしょうか。

実際、私は黒い服を着ると、気持ちが引き締まってなんだか誇らしくなったような気がするのですが、これも黒が放つ「強さ」を感じているからなのかもしれません。

現代中国における黒色は、古典的な思想を受け継ぎつつも、黒色に対する多様なイメージが混在しているのが現状で、これが黒という色が一言では語りきれない理由の一つでもあると思います。

ZIGGY CHEN COAT Art.#110

先ほどお話ししたように、陰陽五行説による「冬は黒!」という古代中国のしきたりにならってご紹介するのは、ZIGGY CHENのArt.#110です。

左半身は、中国の皇帝服のようにたっぷりとした生地を使ったコートで、右半身は、西洋的なテーラードを意識したジャケット。西洋と東洋の衣服をドッキングしたような一着になっています。

実際に着てみて思ったのは、写真で見るよりも普段のスタイリングに馴染みやすいことです。

これはZIGGYCHENのテキスタイルやシルエットのバランスの良さなど、ここでは語りきれない様々な理由がありますが、アイテムの色味が落ち着いた黒色であるからだとも思われます。

古代中国から尊い色として使われてきた黒色をベースに、東西の服飾文化を合体させたZIGGY CHENらしい哲学が詰まった一着です。

あなたはどんな「黒」を着る?

国や時代によって、様々な階級の人々がおもいおもいに装いに取り入れた黒。現代の日本では多様な文化が入り混じり、より魅力を放っている奥深い色でもあります。

皆さんもこれから来る寒い季節の装いに、お気に入りの黒い服を取り入れてみてください。(私もますます黒が着たくなりました!)

V.O.F・A.O.Fでも多種多様な黒い服を取り扱っているので、ぜひ店頭でもオンラインでもチェックしてみてください。

<参考文献>
『世界服飾史』
『中国服飾 その絢爛たる美の世界』

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<NEWS>
【新入荷】
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編集 /鈴木 直人(ライター)
書き手 /伊藤 香里菜(CONTEXT TOKYOスタッフ)