どうして「青」は感情的に落ち着く色なのか? – 絵画から紐解く、私たちの「色のイメージ」
こんにちは。CONTEXT TOKYOスタッフの伊藤香里菜です。
服を買うとき、「色選び」は重要なポイントですよね。
お店のラックに並んだ服の色を見て「青は感情的に落ち着く色だな」とか「黒は感情的に強い感じがするな」など、私たちの感情から常に「色のイメージ」を感じ取っています。
こういった色への認識は、実は昔の人が感情的に感じ取っていた色のイメージと繋がっていることがあるそうなんです。
そこで今回は、私たちが感情的に感じる「色のイメージ」を作ったといっても過言ではない東西の絵画から「青」に焦点を当て、どんな意味があり、どのように使われてきたのかをご紹介したいと思います。
なぜ青に高級感を感じるのか?―――西洋絵画から見る「青」
最初に紹介するのは西洋絵画の青です。
17世紀の西洋では、青として使える天然素材が少なく、中でもラピスラズリと呼ばれる鉱物を原料とした青は金と同じくらいの価値がありました。
カルロ・ドルチ「悲しみの聖母」
高い色なので、せっかく使うなら絵の大事な部分に塗りたいと思うのが人情ですよね。
青は、カルロ・ドルチが描いた「悲しみの聖母」のように、西洋文化にとって重要なモチーフである聖母マリアの衣装に塗られることが多かったそうです。
ヨハネス・フェルメール「真珠の耳飾りの少女」
バロック期を代表する画家の1人であるヨハネス・フェルメールも、青を上手に使った画家の一人です。
代表作「真珠の耳飾りの少女」があどけない美しさの中に高貴な印象を与えるのは、高価な色である青と、それと並ぶくらい価値のある金(黄色)を使っているからなのです。
私たちは青い服や青いものに、感情的な「落ち着き・知性・高級感」を覚えます。それは感性の奥底に、歴史の中で青い絵の具が担ってきた価値が根付いているからなのです。
なぜ青に落ち着きを感じるのか?―――東洋の絵画から見る「青」
続いては、東洋絵画の青についてご紹介します。
数百年前の絵の具の原料は、大なり小なり東西で違いがありましたが、飛鳥時代の青はここまで見てきた17世紀西洋の青と同じく、貴重な絵の具という認識がありました。
その原料は藍銅鉱(らんどうこう)と呼ばれる石で、小さじ一杯で米一俵が買える、と言われていたほどの高級品でした。
これだけ高価なので、西洋絵画と同じように、重要な部分に使われているんです。
「飛鳥美人」
高松塚古墳壁画に描かれた「飛鳥美人」の衣装の一部は青で塗られています。
高松塚古墳は埋葬されている人が天武天皇の皇子など、位の高い人という説があります。だからこの「飛鳥美人」の青は、埋葬された人の格式に見合うように、当時高級だった色が使われたと考えることができます。
また、同時代に聖徳太子が定めた冠位十二階では、青が12ある階位の中で3番目と4番目に高い位に与えられた色でした。
青の「高貴さ」は絵画だけではなく、国の制度にも活用されていたというわけです。
葛飾北斎の浮世絵版画「富嶽三十六景」
一方、時は流れて江戸時代になると、日本では青が庶民にも親しみのある色として人気を博しました。
代表作品としては、葛飾北斎の浮世絵版画「富嶽三十六景」シリーズ。飛鳥時代では高級とされていた青が画面いっぱいに使われていますよね。
これは、藍銅鉱の青とは違う、ベロ藍と呼ばれる顔料が中国で安く作れるようになったことが背景にあります。
青を惜しげもなく使えるとなったときに、葛飾北斎が描いたのは、私たちの生活にありふれる自然の色でした。
江戸の中期からは「富士講」という富士山を拝む新しい宗教の信者が増えたこともあり、富士山やその周りの風景を描いた浮世絵が売れるようになっています。
西洋では19世紀以降になるまで青は高価な色でしたが、東洋では一足早く格式高い色から身近な自然の色としての意味合いが強くなっていったのです。
私たち日本人が青を空や水の色と連想し、感情的に落ち着く色だと思えるのは、北斎が自然界の青を浮世絵に登場させたという背景と、自然そのものの心地よさから来ているのではないでしょうか。
色への理解を深めて、服選びをもっと楽しく
私たちが感情的に感じる青の認識は、絵の具の価値や、その色が塗られたモチーフのイメージと密接に関わっていました。
青とは、西洋では「落ち着き・知性・高級感」、東洋では「自然などをイメージした親しみのある色」として認識され、世界で多様なイメージが作られてきた色です。
色のルーツを知ることで、服選びで重要な色選びがもっと楽しくなれば幸いです。
〈参考文献〉
秋田麻早子,2019,『絵を見る技術』,株式会社朝日出版社.
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書き手/伊藤 香里菜(CONTEXT TOKYO STAFF)
編集/鈴木 直人(ライター)