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フレグランスブランド「サノマ(çanoma) – 香水が連れてくる、かぐわしき“日本人の記憶”

皆さんはニッチフレグランスという香水のジャンルをご存知でしょうか。大手のメゾン系香水ブランドは一般的に大人数のチームで市場調査や商品企画、流通設計などを行います。

対してニッチフレグランスブランドは、ごく少人数のチームで経営・ディレクション・調香(香り作り)までを手がけます。一つ一つの香水のコンセプトや素材の選定に、より強くこだわる点もニッチフレグランスブランドの特徴です。

V.O.Fで取り扱う「サノマ(çanoma)」は、そんなニッチフレグランスブランドの一つ。創設者であり、香水クリエイターの渡辺裕太氏がフランスの高名な調香師ジャン=ミッシェル・デュリエ氏とタッグを組んで生み出そうとしているのは、「日本人のための香水」です。

今回は香水の歴史や人間の嗅覚の性質などの解説を通じて、サノマが作ろうとしている「日本人のための香水」ついて筆者なりの考察を試みたいと思います。

香りと記憶————合う香水・合わない香水の判断基準

最初に結論を言ってしまえば、「日本人のための香水」とは、日本人の「記憶」に基づいて作られた香りだと筆者は考えています。これを説明するためには、人間の嗅覚が持つ性質に触れておく必要があります。

自分に合う香水・合わない香水とはどんなものでしょうか?当然ですが、合う香水・合わない香水の判断基準をここで決めることはできません。筆者にはそんな知見も権利もありません。

しかしあえて基準を決めるとすれば、自分に合う香水とは「自分の記憶の文脈とつながっている香り」です。

香りは記憶と密接につながっています。実際ある香りが、それと結びつく記憶や感情を呼び起こす現象は「プルースト効果」と呼ばれ、様々な研究が行われています。

現象の名前の由来となったのは、20世紀ヨーロッパ文学の巨匠マルセル・プルースト。

彼は代表作『失われた時を求めて』の中で、主人公が紅茶に浸したマドレーヌを食べた時に、口の中に広がる香りがきっかけで幼少期を思い出す場面を描きました。プルースト効果の名前は、この描写に基づいているのです。

皆さんにも、香りがきっかけで知人・友人、あるいは恋人を思い出した経験があるかと思います。

柔軟剤の香り、タバコのにおい、それこそ香水の香り……。もっと身近な例で言えば「線香のにおいを嗅ぐと、田舎の祖母の家を思い出す」というのも、立派なプルースト効果でしょう。

香りが記憶と深くつながっているのなら、心地よい香りも不快な香りも記憶によって作られるはず。

インプットされる記憶は人それぞれ違いますが、同時に住んでいる国や土地、社会が大きな影響をもたらすのも事実です。だとしたら、自分に合う香水とはそうした自分のルーツ=記憶と文脈的に繋がっている香りと言えるのではないでしょうか。

西洋的な、あまりに西洋的な————香水の歴史と文化について

では世の中に、日本人の記憶とひもづけられた香水はあるのかというと、極めて少ないと言わざるを得ません。

なぜならば、今百貨店などに並んでいる香水の歴史と文化は、大きくラテン系とアングロ・サクソン系によって形成されてきた、極めて西洋的なものだからです。

香水を現在のメゾン系フレグランスと同じ形で売り始めたのは、19世紀末のファッションデザイナー、ポール・ポワレ。コルセットから女性を自由にしたとされ、同時にファッションビジネスを発明したとも言われる人物です。

彼はデザイナーとして初めて正規の教育を受けた調香師と契約し、自身がデザインした香水瓶と共に顧客に販売していきました。この流れはCHANELなどに引き継がれ、現在に至るまで続いています。

CHANELの代名詞である“No.5”は1920年代を代表する香水ですが、コンセプトからして当時の西洋からしか生まれ得ないものでした。

ココ・シャネルは社会進出が進む当時の女性のためのファッションを提案したデザイナーとして知られます。婦人服に動きやすいジャージー生地を導入したのも、女性のパンツスタイルを浸透させたのも彼女でした。

そんなココ・シャネルが「女性の香りのする、女性のための香り」として作ったのが“No.5”だったのです。

ここでの女性とは「自分の意志を持たない、男性にとって都合の良い女性」ではなく、「自主独立の精神を持つ女性」だったはず。当時の西洋以外に、このような女性像を明確に提案できる地域はありませんでした。

以降に登場した傑作と呼ばれる香水も、おおむね“No.5”と同じ西洋のメゾンが作り出したものです。いわば近代的な香水の歴史・文化は、生まれも育ちも西洋なのです。

サノマが「日本人のための香水」を作ることができている理由

このような状況に直面したからこそ、渡辺氏はサノマで「日本人のための香水」を作ろうとしたではないでしょうか。

渡辺氏は東京大学の大学院を卒業後、世界的に知られる外資系投資銀行に入社。日系証券会社の投資銀行部門を経験したあと退職。ここで大幅に人生の舵を切り、フランスの大学に留学して本格的に香水の勉強をします。

在学中、現在のビジネスパートナーであり、ドルチェ&ガッバーナ、エスカーダ、ラコステ、ヨウジヤマモトの香水を調香するなど、世界的に評価の高い調香師ジャン=ミシェル・デュリエ氏のもとへのインターンを経て、現在に至ります。

サノマは、そんな渡辺氏が自身の記憶にもとづいてディレクションをし、それをもとに香水の技術・文化を知り尽くしたジャン=ミッシェル・デュリエ氏が調香をしているブランドです。

香水作りにおいて、調香師は翻訳家のようなもの。調香師がいなければ、香りの言語で何かを表現することはできません。そのためサノマにおける調香師のジャン=ミッシェル・デュリエ氏の存在の大きさは言うまでもありません。

しかしディレクションをする渡辺氏が、自身が思い描く「日本人のための香水」への徹底したこだわりがなければ、サノマの香水は他の多くの香水と同じ、西洋的なものになっていたでしょう。

例えばサノマのコレクションからも、こだわり具合が垣間見えます。現在、サノマの香水は全部で4品番あります。

・1-24 | 鈴虫
・2-23 | 胡蝶
・3-17 | 早蕨
・4-10 | 乙女

右側の数字は、試作品を作った回数です。つまり鈴虫は24回、試作品を作ってはじめて完成した香りということです。しかも鈴虫の香りの基礎は、6番目の試作品でほとんど固まっていたのだそうです。

しかし納得できなかった渡辺氏は、そこから1年以上をかけて18回も調整を加えていったのです。これだけでも、渡辺氏の妥協を許さない姿勢が伝わってくるのではないでしょうか。

渡辺氏の来歴や思想、サノマに込められた想いについては、同氏のnoteに膨大な情報があるので、香りや香水、クリエイションなどについての渡辺氏の深く、慎重な思索に興味のある方は、ぜひそちらもご覧ください。

香りが紐解く“あなたの”物語

ここまで読んで「で、結局日本人のための香水ってどんな香りなの!?何もわからないんだけど!?」と思った人もいるかもしれません。

実は今回の記事を企画したとき、筆者はサノマの香水の香りがより具体的にイメージできるような内容にしようと考えていました。

例えば実際にサノマの香水を使っているスタッフにインタビューをして香りのイメージを語ってもらったり、それを渡辺氏が香りの説明をしているnoteと比較したり、といった記事です。

しかし香水について調べていく過程で、「この企画はやめよう」と構想を全て捨てました。

なぜなら前述した通り、香りは嗅ぐ人の記憶と密接につながっているからです。だからこそ香水には、嗅ぐ人それぞれの物語の萌芽がそこかしこにあって、百人百様の物語が展開していく面白さがあります。

にもかかわらず、筆者やV.O.Fメンバーが香りのイメージを語れば、それを読んだ人の中でイメージが固定化されてしまい、独自に展開されるはずだった物語を中絶させてしまう。

それは渡辺氏に対して、何よりこれからサノマの香りを知る人に対して失礼だと考えたのです。

だからこそ、サノマの香水に関しては京都・乙景、東京・CONTEXTの店頭にお越しいただき、実際に試していただきたいと思います。

もっとわがままを言わせてもらうなら、すぐには買わずに、肌につけて1日過ごし、香りの変化も味わって欲しい。そうして紐解かれる自身の記憶、物語を楽しんで欲しい。

そこで初めて一つ、香りを選ぶ。サノマの香水は、そういう香水だと筆者は感じています。 “あなたの”物語を紐解きにいらっしゃるのを、スタッフ一同店頭にてお待ちしております。

<参考>
『香水 香りの秘密と調香師の技』(文庫クセジュ)
Yuta Watanabe note

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書き手 /鈴木 直人(ライター)