20AWのバイイングテーマは「”肌感覚”への回帰」 – V.O.Fバイヤーインタビュー
すっかり秋も深まり、V.O.F(乙景、context)の店頭にも20-21AWのアイテムが揃ってまいりました。
JAN JAN VAN ESSCHE(ヤンヤンヴァンエシュ)、ZIGGY CHEN(ジギー・チェン)HED MAYNER(ヘド・メイナー)をはじめとするインポートセレクト、そしてZIIIN(ジーン)―――今期も皆様の衣生活を賑わせてくれるアイテムを取り揃えました。
今回はV.O.Fの20-21AWをより楽しんでいただくために、V.O.Fバイヤーであり、ZIIINデザイナーでもある中村憲一にインタビュー。今期のバイイングやデザインのテーマ、バイイングをする際の“作法”について語ってもらいました。
20-21AWのテーマは「”肌感覚”への回帰」
__20-21AWはどんなことを意識してバイイングをしましたか?
こうやってアイテムが揃ってきたのを見てみると、「”肌感覚”への回帰」が自分のテーマだったのかなと思います。パターンやシルエットといった領域から、一つ抜けたところに行きたかった。
__例えばどういったアイテムに、そういったテーマが反映されていますか?
ZIIINで言えば、ロングシャツのANGOやヘンリーネックシャツのKOHBOUに使っているBrushed cottonというファブリックですね。
これはコットンを起毛させた肌触りの良い素材で、カラーは硫化染でスモーキーにしました。どの色も優しく奥行きのあるニュアンスに仕上がったと思います。
特に20-21AWのZIIINは、コロナの問題が大きくなってから作り始めたので、「家にいる時間」を強く意識して作りました。
__どういうことでしょう?
これまでファッションは得てして「誰かに見せるもの」という側面が強かったわけですが、コロナの影響で自宅にいる時間が増えて、そもそも誰かに見られる機会が減りました。
結果として、ファッションのもっと人間の根幹に触れるような部分―――「着ていて気持ちが良い服」とか「うちと外の境界線がファジー(曖昧)になるような服」が前面に出てきていると思っていて。
だから肌に優しくて、つい着てしまうようなもの、着ていて安心できるようなものを作りたかったんです。
__しかしJAN JAN VAN ESSCHEやZIGGY CHEN、HED MAYNERなどのインポートブランドのバイイングは、コロナが広がる前ですよね。ZIIINのテーマとのズレは生じなかったのですか?
ズレはほとんど出ていません。店頭に並べてみても肌にとってComfortableなもの、直感的に肌が喜ぶものがメインになっています。
例えばJAN JAN VAN ESSCHEのSHIRT#82やTROUTHERS#57、ZIGGY CHENのSWEATER Art.#2002やSCARF Art.#5010などがそうでしょうね。
ヴァージンウールを使ったJAN JAN VAN ESSCHEのCOAT#24はゴワゴワチクチクしているので、Comfortableには思えないかもしれませんが、Harris Tweedのような「育てる楽しみ」のある素材です。
自分の油分が生地に染み込んで柔らかくなり、肩・肘・ヒップ、前身頃の跳ね上がりも着込むことで落ち着き、体に馴染んできます。
__共に暮らすことで、自分の心と体に馴染んでくるような。
この素材を選んだJAN JANの先見性と感度の高さはさすがだと思いました。彼は10年間、このあたりのコンセプトにブレがないですね。
他のアイテムに関しても、どれも長い時間軸で愛し続けられるものばかり。きっとお客様にとって「またこれ着ちゃったな」「気づいたらこればかり着ているな」と思える一着になるはずです。
__どれも安価な服ではありませんし、大切に着ていただけたら嬉しいですね。
そうですね。もちろん夢中で服を買う時期があってもいいと思いますし、私たちにとってもありがたいのですが、「今期はシャツ1枚しか買わなかったな」みたいなシーズンがあっても良いと思っています。
このような世情ですから、食や住なんかとバランスをとったうえで、ファッションを楽しんでもらえたらと考えています。
「展示会1週間前は“ノイズ”を取り除き、自分の意識を研ぎ澄ます」
__バイイングのテーマはあらかじめ決めてから展示会に臨むのですか?
あえて何も考えず、何も決めずに展示会に行くようにしています。行ってみないとわからないことの方が多いですから。
__では何の準備もしない?
いえ、展示会1週間前は“ノイズ”を取り除き、自分の意識を研ぎ澄ますことに集中しています。ノイズというのは、例えばニュースや新聞、SNSなどで流れてくる情報です。
自分の手や目が届かないような場所での出来事などを、意図的に遮断する。自分の肌感覚で捉えられる範囲に意識を絞り込むイメージです。
__どうしてそんなことを?
自分で考えたいからです。例えば展示会シーズンになると、SNSなどで取り扱わないブランドのコレクションの情報やヴィジュアルがたくさん流れ始めます。そういうものに触れてしまうと、どうしても引っ張られてしまうんです。
私のスタイルとして「あ、今期はこういうものが流行るのか」なんて思ったら“終わり”だと思っています。雑念が入り込んでしまって、流行りに合わせたバイイングをしてしまう。
そこはなんとしても避けたい。V.O.F(乙景、context)のような規模の店舗が流行りに合わせると、面白くありませんからね。
__展示会本番では、どのようにアイテムを選ぶのですか?
自分のバイイングの哲学として、見た目だけで判断することは一切ないですね。いつも手でゴシゴシ触って、良し悪しを判断します。
自分では着ません。
__それは一般的なバイイングのイメージとズレがあるかもしれませんね。
バイイング のスタイルには色々あって、その中には「自分で着て判断する」というスタイルもあれば、私のように「必ずモデルに着てもらう」という人もいます。
__どうしてそのスタイルでバイイングをしているのですか?
感覚が鈍るからです。着たり脱いだりしていると、初めは良くても途中から身体的に疲労が溜まってきます。そうして頭が回らなくなるのが怖いんです。
だから頭はグルグルグルと動かし続けて、モデルにバンバン着てもらい、バンバン写真を撮るだけ。感覚が鈍る前に終わらせます。
__そんなスピードで判断を下すことに不安はない?
1ミリもないですね。もちろん若い頃は色々失敗しましたが、失敗体験を積み重ねていくうちにブレなくなりました。
__インプットは全くしないのですか?
いえ、音楽を聴いたり、お客様とお話したり、自分の手がとどく範囲の情報や出来事は積極的にインプットしますよ。
あとは、色々な分野の本を貪り読んでいます。ノイズを遮断したうえで、自分のアンテナに引っかかるような本を手当たり次第に読みます。
__20-21AWはどのような本を読みましたか?
解剖学者であり、発生学者としても知られる三木成夫さんが一般向けに書かれた『生命とリズム』『内臓と心』『胎児の世界』。
南アフリカ出身のノーベル文学賞作家J・M・クッツェーの『鉄の時代』『マイケル・K』『恥辱』も読みましたし、宮沢賢治の『注文の多い料理店』、サン=テグジュペリの『星の王子さま』も読み直しましたね。
あとは中野京子の『名画と読むイエス・キリストの物語』も繰り返し読みましたし、世阿弥の『花伝書』、安部公房の『砂の女』や太宰治の『御伽草子』、他にも幸田露伴や夢野久作も読みました。
__タイトルだけでは、20-21AWとの直接のつながりは見えてきませんが……。
そうかもしれませんね。でも読んでいただけたら、きっとV.O.Fの20-21AWをより楽しんでいただけると思いますよ。
宮沢賢治の作品や『星の王子さま』、特に安部公房「砂の女」はZIIINの今季の裏テーマの「孤独」とシンクロさせています。ぜひ洋服と一緒に味わっていただきたいですね。
聞き手/鈴木 直人(ライター)
語り手/中村 憲一(京都・乙景)