MARC MARMELの魅力とは?鞄の物語と旅の歴史
皆さんは、MARC MARMELというブランドをご存知でしょうか?
同名デザイナーによって十数年前に立ち上げられたロサンゼルスを拠点とするバッグブランドで、独自のクラック(ひび割れ)加工を施したレザーを使った作品で知られています。
日本でお目にかかる機会は滅多にないのですが、幸運なことに現在弊社リユースECサイト「A.O.F」及び東西各店(東京・CONTEXT/京都・乙景)では、お客様から5点のMARC MARMELのバッグをお譲りいただき、販売しています。
時に「幻の鞄」とも呼ばれ、なかなかその魅力について語られることもないMARC MARMEL。今回は「鞄の物語と旅の歴史」という切り口から、作品に込められた想いについて考えてみたいと思います。
MARC MARMELとは?コンセプトとデザインの特徴
まずはブランドの物語とコンセプトについて、公式サイトをもとに紹介しておきましょう。
デザイナーのMarc Marmel氏がフランスとイタリアにまたがるリゾート地リヴィエラを旅していた時のことです。ニース空港でベルトコンベアーの上を超高級品の旅行鞄ばかりが出てくるのを見ながら、彼はこう思いました。
「ロゴやラベルのついた従来のブランドに代わる、シックなものを作れないだろうか?世界中を旅したかのような、千の物語を秘めたハイエンドなトラベルグッズのラインを」
この時の着想をバッグとして表現したのが、MARC MARMELの作品たちでした。全てのバッグにはクラックレザーが使用され、シルクのライニングが施されています。
一つ一つが手作りなので、全てが一点もの。使い込むほどにクラックレザー特有のエイジングも楽しめます。
同ブランドのバッグの特徴といえばこのクラックレザーなのですが、その個性に隠れがちなのがオーソドックス(正統派)なデザインです。
例えば人気モデルで、A.O.Fでも販売中の“ハーマン”シリーズは、HERMESを代表するバッグ“バーキン”の前身、“オータクロア”を彷彿とさせます。ディテールを見ると、LOUIS VUITTONの名作バッグ“アルマ”や“スピーディ”を思い出す人もいるかもしれません。
あるいはMARC MARMELのダッフルバッグ“ロバーツキャリオール”には、LOUIS VUITTONの同じくダッフルバッグ“キーポル”の面影があります。
MARC MARMELは公式サイトの中で「19世紀から20世紀にかけてのヨーロッパの象徴的なブランドをモデルにして」とはっきりと書いています。それにしてもなぜ、彼は“オータクロア” や“アルマ”、“スピーディ”や “キーポル”からデザインを引用したのでしょうか。
鞄の物語と旅の歴史を辿ると、そこにはブランドを貫く一本の芯が見えてきました。
※HERMES、LOUIS VUITTONのバッグについては、お手数ですが適宜画像を検索して調べてみてください。
HERMES初のバッグ“オータクロア”と“旅”
“オータクロア”は20世紀初頭にデザインされたHERMES初のバッグです。乗馬用の鞍とブーツを入れて運ぶためのものとして作られたため収納力が高く、フラップやストラップをうまく使うと、サイズのある鞍やブーツでもすっぽりと収納できる優れものでした。
このオータクロアは富裕層の交通手段が馬や馬車から自動車や機関車に変わった頃、馬具用バッグから旅行用バッグへと変身しています。
米国でフォードが“T型”と呼ばれる大衆向けの自動車を発売したのが1908年のことで、幹線全体を電化した世界初の鉄道ヴァルテッリーナ線(イタリア)が開業したのが1902年のこと。
正確な時期はリサーチしきれませんでしたが、オータクロアが馬具用ではなく旅行用にアップデートされたのもその前後と考えて良さそうです。
産業革命が成熟期に入った人々は、馬や馬車などのいわゆる前近代的な交通手段による旅行ではなく、自動車や電車・ディーゼル車といった近代的なより強く、より速い交通手段を使って旅行をするようになっていきました。
“旅”の近代化の中で、役割を変えていったバッグ。それがHERMESのオータクロアなのです。
これを踏まえて考えると、Mark Marmel氏がブランドの代表モデル“ハーマン”のデザインソースとしてオータクロアを選んだ意味も見えてきます。
オータクロアは、旅行という娯楽が大きくあり方を変えた約100年前から現在に至るまで、正統派の旅行バッグとして使われてきた、いわば旅行バッグの一つの祖型である。だからこそ「千の物語を秘めたハイエンドなトラベルグッズ」のデザインソースとして適している。
Mark Marmel氏はこのように考えたのではないでしょうか。もちろん筆者の推測の域は出ませんが、こうして考えるとハーマンが今の形になったのも納得がいきます。
1930年代に登場したLOUIS VUITTON“キーポル”と“旅”
続いては、LOUIS VUITTONのダッフルバッグ“キーポル”とMARC MARMELのバッグの関係性について考えてみましょう。
キーポル(正式名:キープオール)が誕生したのは、オータクロアの少しあと、1930年のことでした。1930年代といえば、米国主導で安全な空の旅が富裕層に浸透し始めた時代です。
20世紀に入ってからLOUIS VUITTONは数多くの旅行バッグをヒットさせていましたが、キーポルは人々が旅の交通手段を陸路から空路へと移行し始めた時期のバッグだったのです。
キーポルはその後、1965年にひとまわり小さくなった“スピーディー”としてアップデートされています。そのきっかけは、女優オードリー・ヘップバーンが「もう少し小さいサイズのキーポル」を求めたからとされています。
有名女優が名指しするまでにキーポルが人気のモデルとなった1960年代はジェットエンジンが普及し、空の旅が一般大衆のものになった時代。こう考えるとキーポル=空の旅とともに歩んできた旅行バッグとして考えることもできそうです。
前述したとおり、MARC MARMELのダッフルバッグ“ロバーツキャリオール”はキーポルをデザインソースとしている可能性が高い作品です。Mark Marmel氏はここでもやはり、旅において重要なバッグをインスピレーション源として選んでいるのです。
鞄の物語と旅の歴史を辿ることで見えてくるブランドを貫く一本の芯。それはMark Marmel氏が旅のパートナーであるバッグとして、長い歴史と時代の変化に耐えうるものだけを選び出し、自身のデザインに落とし込んでいるということです。
公式サイトには、MARC MARMELの全ての作品が紹介されています。一つ一つのバッグのデザインソースを推測し、もとになったバッグの歴史を調べてみると、MARC MARMELのバッグがより魅力的に思えてくるのではないでしょうか。
“旅”と“時間”をデザインするMARC MARMELのバッグ
東京・京都の店頭で実際に手に取っていただければわかるかと思いますが、MARC MARMELのバッグは決して軽くて持ちやすいわけではありません。
昨今の現代的なバッグに慣れている人からすれば、「このサイズでこんなに重いの!?」と驚かれるでしょう。
しかし一方で、今回見たような鞄の物語と旅の歴史、それらに対するMARC MARMELのリスペクトに共感するのであれば、むしろその重みや扱いづらさが魅力に思えてくるのではないでしょうか。
MARC MARMELはバッグというアイテムを通じて、効率ばかりが重視される現代の“旅”をデザインし直すとともに、クラックレザーという素材を使って“時間”をデザインに落とし込んだブランドと言えます。
コロナ禍で旅のあり方や、時間の過ごし方が見直されるなか、旅と日々のお供としてMARC MARMELのバッグを選んでみるのもいいかもしれません。
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書き手 /鈴木 直人(ライター)