CONTEXT TOKYOの空間づくりについて「世界観を楽しんでもらえる場所に」
乙景の店内が薄暗いのはなぜか?では、京都乙景の空間を作るうえで私たちが大切にしていることについてご紹介しました。しかしV.O.Fが空間づくりにこだわっているのは、乙景だけではありません。CONTEXT TOKYOのお店にも随所に想いを込めています。
そこで今回はCONTEXT TOKYO店主・伊藤憲彦に、どんなことを大切にしているのか、なぜそれを大切にしているのかを語ってもらいました。
「もっと服をよく見て欲しいから」CONTEXT TOKYOが薄暗い理由
__空間づくりにおいて、一番大切にしていることは何ですか?
お客様が入り口からCONTEXTに入った時に、一つの世界に入り込んでもらえるような空間づくりを大切にしています。だから服だけでなく、接客や照明、音楽や内装からも世界観が伝わるよう、いろいろと心を配っています。
うちに来ることで、お客様の人生がより豊かになって欲しいと思っていて。日常とは違う世界観を知ることで、見えるモノ・コトが広がっていくようなイメージです。
__CONTEXTも乙景に負けず劣らず薄暗いですよね。
そうですね、うちも「どうしてこんなに暗いの?服の色が見づらいよ」と言われます(笑)。
__実際どうして暗くしているんですか?
単純に僕が暗い方が落ち着くからという理由もあるんですけど、より大切な理由はもっと服をよく見て欲しいからです。
店内を明るくすれば確かに洋服ははっきり見えます。でもはっきり見えすぎると視覚的な情報が多すぎて、1着1着をじっくり見ようとは思わなくなってしまう気がしていて。
一方で薄暗いと、見づらいからよく見ようとする。お客様が服としっかり向き合ってくれるようになるんじゃないかなって。だからCONTEXTも薄暗いんですよ。
同じようなことを、僕は接客中にも考えていますね。
洋服と向き合う時間を濃くするための「声のボリューム」
__どういうことでしょうか?
接客の声のボリュームも状況に応じて使い分けるんです。僕は基本的にウィスパーボイス接客なんですが(笑)、お客様が店内にたくさんいて、店員が僕一人という状況で、「この話は他の人にも聞いて欲しいな」と思ったら、大きな声で話すこともあります。
逆に例えば、大切なことや、お客様自身で考えたり感じたりして欲しいことを話す時は、さらにボリュームを小さくするんです。すると、お客様も僕の話を聞こうと耳に集中してくださる。
__見えにくいからよく見ようとする、聞こえにくいからよく聞こうとする。
そうです。五感はある程度制限してあげることで、その場所に適した感覚が冴えるようにできているんです。深海や洞窟に住んでいる生き物が、独自の進化を遂げるのと同じですね(笑)。
照明にしろ、声のボリュームにせよ、お客様が洋服と向き合う時間をより濃くしていただくためのものです。
「お店の世界に没入できる音楽を」BGM選びで意識していること
__CONTEXTにはいつも心地よいBGMが流れていますが、ここにもこだわりがあるんでしょうか?
オペラや映画音楽、クラシックなど色々な音楽を流していますが、基本的には主張しすぎずないものを選ぶようにしていますね。
__それはどうしてですか?
お店の世界に没入してもらうためです。音楽の主張が強すぎると、お店の世界観が音楽に持っていかれてしまうんですよね。
決して音楽が主役になってはいけないんです。CONTEXTに来て見て欲しいのはあくまで洋服。だから音楽も世界観に馴染むものでないと。
「狭いお店だからこそ、立体感のあるレイアウトに」空間がドラマチックになる仕掛け
__店内のレイアウトで工夫していることはありますか?
狭いお店なので、お客様が歩きやすいように、でも最大限に洋服が並べられるような工夫はしています。わかりやすいのは、店内中央のハンガーラックですね。天井の鉄骨にワイヤーをとりつけ、そこに鉄の棒を通して洋服を並べられるようにしました。
__確かにこれが地面に置くタイプのハンガーラックだったら、行き来しにくくなりますね。
そうですね。みんなハンガーラックの下を潜り抜けて移動します。ちょっと子供の頃の探検みたいでわくわくしますよね(笑)。
加えて、地面に置くタイプのハンガーラックだと空間が平面的になってしまうんですよ。でもうちは目線より上に洋服が並ぶので、上下の立体感があるんです。
立体感という意味では、照明にもひと工夫していますね。
__暗くする以外にも仕掛けが?
はい。うちの照明をそのまま使うと、均等に広がりすぎて空間が平面的に見えてしまうんです。
そこでブラックラップアルミホイルという、撮影照明用の黒いアルミホイルがあるのですが、これを使って光量や光の向きを調整し、空間に奥行きが出るように工夫しています。
「1ヶ月くらいかけて自分たちで作りました」内装に込めたこだわりとは?
__最後に内装について聞かせください。
内装は代表の菊地やその時のメンバーと一緒に1ヶ月くらいかけて自分たちで作りました。
__自分たちで!?
はい(笑)。もちろん全部作ったわけではありませんよ。CONTEXTの建物は、もともと別の服屋さんだったんですが、それを居抜きで借りられることになったんです。だからベースは借りた時のものを使っています。
__どのあたりがみなさんの手で作ったものなんですか?
例えば靴の棚や、ハンガーラックの金属部分、柱やカウンターのデスク、カウンターの後ろの金網、フィッティングの扉や鏡のフレームなんかは、全部専用の剥離剤を塗り、塗装を剥がすところから始めました。
水拭きした後に紙やすりを番手の低い(目の粗い)ものから順に使って削り、木製の部分はステインで着色しました。金属の部分は、塗装を剥がした後に塩水をつけて一晩おいてサビさせて、その上から汚れないようにクリア塗装をしています。
サビがちょっと足りないな、というところにはさらに茶色の塗装を使ってサビっぽく加工しました。
__かなりがっつり手仕事なんですね(笑)。
他にも、壁は基本的に借りた時のままなんですが、乙景店主・中村のアイデアでちょっとした汚し加工をしています。
__どんな加工なんですか?
鉛筆の芯を削って、それを水を含ませたティッシュにつけて擦るんです。するとうっすら汚れてくれる。もちろん、洋服につかないように、高いところにだけです
__仕事が細かい……。
まるでその分野の職人みたいになっていましたね。体力的にはかなりタフな1ヶ月でした(笑)。でもだからこそ愛着があるんです。
男くさいインダストリアルな雰囲気と古いものの温もりや美しさが同居した空間になったと思います。だからお客様には、洋服はもちろんお店の世界観も一緒に楽しんでいただきたいですね。
聞き手/鈴木 直人(ライター)
語り手/伊藤 憲彦(CONTEXT TOKYO)